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11 海へ(9)

思っていたほど外は寒くなく、海から吹き付ける冷たい風と強い日差しが、季節の主導権を争うように綱引きをしているようだった。そんな、のんびりした気持ちが似合う断崖沿いの道を、急いで海へと降りて行った。
小石につまずき、僕が海に落ちそうになったとき、崖の上で吼えるようなエンジン音と、タイヤが小石を蹴立てる凄まじい音が鳴り響いた。
慌てて戻ってみると、崖から五十メートルほど離れたなだらかな丘の上にベンツが止まっている。運転席のドアが大きく開き、素っ裸のMが颯爽と、光の中に降り立った。
全身に浴びた強い日差しに、真っ白な肌が輝いている。
逆光の中で長い髪が海からの風に舞ってきらきらと光り輝き、きめ細やかな肌が美しく透けて見えるようだ。
最高の裸身だった。

いつの間にか、僕の回りに集まって来た父と母も、丘の上のMを眩しそうに見つめている。
「ざまーみろ。おまえらに殺されるわけにはいかないんだ。でも、本当に仲がいい家族で感心したよ。私の出る幕じゃあなかったみたいね。謝礼代わりにベンツはもらって行くわ。それからピアニスト。情けないショパンをありがとう。絶対忘れないからね」

最高に澄みきったアルトが空と海に流れた後、ベンツのエンジン音がひときわ高く断崖にとどろき渡り、僕たち家族が取り残された。
初めに父が笑い出し、僕が続いた。しまいに母も高らかに笑い声を上げ、一瞬、断崖に笑い声が満ちた。

この笑いの中にMも混じっていたらと思うと、なぜか僕は悲しくなった。
Mに利用されきった自分を哀れむ気持ちはなかったが、いつかどこかで、大人になった僕を見てもらいたいという気持ちがつのった。
その時は別れの曲ではなく、最高のスケルツォを聞かせたいと思ったのだ。

第2章 ピアノ ― 完 ―

次回 第3章 廃鉱

11 海へ(8)

「君の両親はいなくなったよ。早く鍵を取って、私を自由にして。たまには人目のないところでウンチがしたいじゃない」
広々と広がる海の前では、Mの声も煩わしい。あれほどまでに恋い焦がれた激情は、いったいどこに行ってしまったのだろう。
「どこに鍵があるんですか」と素っ気なく聞くと、前の運転席に脱ぎ捨ててある父のコートを、手錠を掛けられた両手でせわしなく指さす。
「そのポケットに入っているわ」
身を乗り出して取ったカーフのコートのポケットから、ちっぽけな鍵が出てきた。こんなちっぽけな鍵を真剣に求めるMが、かわいそうでならない。

求められるまま、ちっぽけな鍵を彼女を拘束した手枷と足枷の錠に差し込み、緊縛を解放した。落ち着く間もなく、狭い車内でシートに四つん這いになり、剥き出しの尻が目の前に突き出される。幾分閉口しながらも、僕は大きく開いた肛門の肉襞から突き出している金属棒に鍵を差し込み、肛門内で直径五センチメートルに開いた傘を閉じて、鎖の付いた金属棒を引き抜いた。

「ありがとう」と言った彼女は、そのままドアを開いた。
フロントガラスに広がる海に向かって、伸びやかな裸身を踊らせて駆けて行くMが見える。あっけない幕切れだった。
彼女は剥き出しの尻を突き出したまま、お礼の言葉を言ったのだ。白く豊かな左右の尻と、割れ目ですぼまっていた真紅のつぼみ、挑発する性器と黒々とした陰毛。たとえトイレに行くとは言っても、僕の目に残して置くものは、ほかになかったのだろうか。

やはり僕は負け続けるのか。
ほんのりとしょっぱい、潮のような苦さが口中に溢れ、目の前には、ゆったりと波打つ海だけが残った。


しばらく時が経ったが、トイレに行ったはずのMは戻らず、もっと前に車外に出た両親も帰っては来なかった。
いわくある断崖で帰らぬMと両親が急に心配になった。
もう枷は外してあるとはいえ「チチとハハが海に突き落とす」という最後の予言が頭をかすめる。
増殖した不安に耐えきれず、慌てて車外に飛び出していた。

11 海へ(7)

すぐ握り返された手に、車内の暑さを越えた懐かしいぬくもりを感じ、ふと「別れの曲を聴きましたか」と尋ねてしまった。
初めてベンツの中で発せられた自分の音声が、車内にこだまするエコーのように何回となく耳に響いた。
「悲しい調べね」
か細いアルトが、真っ直ぐ耳に突き刺さる。
悲しい調べと言ったMの言葉が、頭の中で駆け回り、身体を鞭打つ。突き立ったペニスを皮鞭で一閃されたような痛みと衝撃が全身を襲った。僕のピアノよりきっと、今聞いた声の方が数倍悲しいものに相違ないと僕は思った。そうでなければ今、僕はここにいる資格もない。ひたすら煩わしさを避け続け、情けない気持ちを抱いてマスターベーションに耽るしかないと思ったのだ。

たまらなく身近に感じたMが愛おしく。「好きです。愛しています」と、デルタに置いた右手を握りしめ、指の間に入った陰毛を引っ張りながら言ってみた。
もう、両親の思惑も気にならない。鎖に繋がれ、肛門から金属の棒を突き出している、彼女好みのファッションも気にならなかった。ただひたすら彼女が好きで、ペニスを突き入れたい気持ちだけが一心につのっていた。
「私もピアニストが好きよ」
期待した通りの答えに全身が震え、彼女を覆っているポンチョを引きむしり、輝く裸身に覆い被さっていった。

「お待ちなさい」
母の金切り声が響き渡る。
しかし、僕はシェパードのケンではない。待てと言われてそのままになったのでは、人間ではなくなると思った。少なくとも、一切を賭けて、ただ一人の女性と合体したいと決心した男のすることではない。
鎖に緊縛された身体に激しく挑んだが、狭苦しい車内で自由が利かず、肛門から続く鎖に、したたかペニスを打ち付け、射精してしまった。

「いつも元気なんだね」と言って頭を撫でるMの仕草に母を感じ、隔てて座る冷たい母を憎もうと思った瞬間、車が止まった。

顔を上げて前を向くと、フロントガラス一杯の海が広がっていた。深い緑色に染まる日本海が、上半分のコバルトの空の下で、朝日を浴びて輝いていた。崖っぷちで止まったベンツのエンジンが、鼓動のように振動を伝えるが、僕の目は真っ直ぐ、広がりきった海に注がれたままだ。

ドアが開き、父と母が外に出て行く気配がした。潮の香りが車内に満ちる。
「あの人たちはね、私を突き落とす断崖を下見に行ったのよ」
遠くMの声が聞こえた。
僕の目には、緑色に悶える海しか映っていない。

11 海へ(6)

手に触れる手錠の感触が痛々しかったが、ちょうどデルタの真上にある僕の手に、彼女の陰部から立ちこめる温気と、しっとりとした湿気が触れ、汗が滲み出しそうになる。汗は恐らく、微かに触れる上を向いた陰毛を伝い、彼女の体内に吸い取られるのだ。僕は時が止まってもいいと思った。いい気なものだ。

「どうするんだい」
精気のない父の声が車内に響く。
「予定通りよ」
無感情な声で母が応え、月が落ちた漆黒の闇の中をベンツが発進した。
予定通りと言う母の声が、もう一つのMの予言の正当性を認めるようで不吉だった。しかし、今日の僕はボデーガードなのだ。依頼者の利益は守らねばと、映画のケビン・コスナーみたいに眉間に皺を寄せようと頑張ってみた。だが、隣のMからは「すてきよ」と言う声は掛からず、微かに震えている股間が不吉な印象をさらに高める。

ひょっとして彼女は、本当に怖がっているのかも知れない。そう思うと射精しそうなまでに固く張り切っていたペニスまでが、急速に萎んでしまう。その時、僕の手を握った両手にぐっと力がこもった。なんて事はない、やはり僕が彼女に励まされていた。

春の夜明けが、西に向かって走る車を追い掛けて来る。
東の空が漆黒から紺、そして紫に変わり、山の端にたなびく雲が紅と灰色に交互に彩られるころには、目を上げて見る天空は一切が蒼天に変わり、巨大な青い屋根となっていた。短時間に繰り広げられた色彩の魔術は、行く末分からぬ僕たちの旅路を彩る花火のように、僕らを歓迎しつつ、どこかで拒絶しているように思われた。

沈黙が支配した車内に、V八エンジンの眠くなる振動だけが低く響く。
いつしか高速道路に乗り入れたベンツは、さりげなくスピードを上げて西に向かった。もう放っておいても時間の問題で、日本海に達して道が果てるはずだった。

Mの言った方角もまた、当たっていた。
やはり両親は、淫らに憔悴しきった生活にピリオドを打つため、Mを日本海に突き落とすつもりなのか。それとも、僕が彼女を守り通すことができるのか。
父と母が万一、Mを海に突き落とそうとしたとき、僕は本当に止めることができるのだろうか。
ボデーガードを気取ったつもりの僕に、様々な疑念が押し寄せて来る。
そんな不安にはお構いなく、時は瞬く間に流れ、車内に入り込む空気が北の海の香りを伝えてきた。
また負けるのだ。こうして僕は負け続けていくのだと、なぜか思った。特に自分の考えがあるわけでもないのに、思うにまかせぬ無力感に身を焦がした。救いを求めるようにMと握り合った手に力を込めた。

11 海へ(5)

さっきより幾分傾いた月が、斜めに青い光をこぼす。その光を顔の半分に浴びたMが僕の顔を見上げて、いたずらっぽく片目をつむった。
彼女は素っ裸のまま中腰になり、足枷に足元を取られないようによちよちとユーモラスに、背中で繋がれた手錠を揺すりながら遠ざかって行く。
僕は疲れ切った神経を抱いて、律儀にピアノの前に座る。どこまでお人好しなんだろうと思いながら、埃の積もった蓋を開けた。さっと両手を出し、スケルツォを弾こうとしたが、そんな気分にはなれない。しばらく鍵盤とにらめっこをしてからそっとHの音を置いた。

ショパンのエチュードから「第三番ホ長調・別れの曲」を弾き始めた。珍しくゆったりと、恥ずかしげもなく感情を込めて彼女のためだけに、別れの曲を月明かりの中で弾いた。


白いセーターにホワイトジーンズと、白で決めて待っていた僕の耳に、ベンツの低いエンジン音が聞こえてきた。
まだ夜明け前だ。Mの言っていたことが一つ当たった。
慌ててコンバースのワンスターに両足を突っ込み、紐を締めるのももどかしく窓から飛び降りる。もちろん白のおニューの靴だ。今朝のアンダーは真紅のビキニ。気合いが入っていた。

眠らずに考え続けた結果。やはり彼女との最後の時に賭けようと思ったのだ。何が起こっても、二日後には都会に向かうつもりだった。

全力疾走で蔵屋敷へと向かう。
街道へと続くアプローチに走り込んだとき、左手に続く梅の木をヘッドライトで照らしながら、大きくカーブを切ったベンツが現れ、僕の直前で急ブレーキを踏んだ。
運転席のドアが開き、地面に立った父がじっと僕を見つめる。
「僕も連れてってもらうよ」
大きな声で叫ぶと、父の肩が大きく落ちた。すかさず後部ドアが開き、母が姿を見せる。
「だめっ」
僕の声に負けないほどに叫ぶが、知ったことではない。父が車から降りているのをいいことに、母と反対のドアに素早く回り込む。車窓越しに、鎖に繋がれた手がロックを外すのが見えた。
さっとドアを開け、身を滑り込ませ、ドアを閉める。シートに横になった身体を立て直すと、すっとMが身を寄せてきた。周りにも気を配りながら、さっと彼女の様子をうかがう。彼女は煤ぼけた灰色のポンチョのようなものを被っていた。ドアロックを外したときに乱れたのか、前がめくれ上がり、両手を繋いだ手錠と、股間から延びた鎖が目を打った。ポンチョの下はやはり全裸だった。
Mの言ったことがまた一つ当たった。

車外に片足を踏み出したままの母が、父に歩み寄ろうと外に出たが、タイミング悪く父はもう、運転席に着いてドアを閉めてしまっていた。閉め出されてしまった形の母は無言のまま、しばらく外に立っていたが、ふーと大きく溜息を付いて車内に戻り、ドアを閉めた。
その間僕は、Mのポンチョの乱れを直し、ちゃかり右手を下に潜り込ませ、彼女の両手に握らせていたのだった。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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