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12.ひとすじの道(6)

「広げきった股間が寒くないように、衝立を用意してやるよ」
吊り下がった裸身を見下ろして、飛鳥が楽しそうにつぶやいた。今までしたことがない肉体労働にも飛鳥は疲れを見せない。身体を翻してピアニストに近寄っていく。縄尻を持って曳き立ててきたピアニストを小突いて、Mの股間に無理矢理正座させた。膝が崩れぬように麻縄で厳重に縛り付ける。ピアニストは弓なりに吊り下げられた股間に顔を押し込んだ姿勢で拘束されてしまった。目の前に大きく開いた股間がある。陰門を封鎖したリングに通した縄がざらついた感触をピアニストに伝えた。

「悲劇のヒロインとヒーローがこれで揃った。踏み込んでくる警官も動転して、捜査が遅れるかも知れない。かわいそうだけど股縄は外さないよ。これは悲劇だからね、官能劇になっては困る」
肩で大きく息をついた飛鳥が、芸術作品を眺めるような陶酔した声で言った。
「あなたたちこそ喜劇役者よ。逃げおおせるわけがない」
Mの怒声がホールに響いた。弓なりに吊り下げられた裸身が宙で揺れる。

「相変わらず、Mは往生際が悪い。ピアニストは何か言うことがあるかな」
愉快そうに飛鳥が矛先を変えた。
「僕の負けだ。したいようにするがいい。だが、こんなに多くの死をオシショウが望むとは思わなかった。最大の誤算だ。責任を痛感する」
「ハハハハハ」
下手から近寄ってきたオシショウが高らかに笑った。
「官能を求めたMと、変革を求めたピアニストにぴったりの構図だ。他の者は滅びの道を求めただけだ。そして今夜、見事に本懐を遂げた。信仰のない者だけが無様に生き延びるのだ。誰からも惜しまれることがない。恥辱にまみれてほろびの時を待つがいい。飛鳥、そろそろ時間だろう」
オシショウが促し、飛鳥が腕時計を見た。もうすぐ午前零時だった。

「午前零時には魔法が解ける。Mとピアニストの夢もそれまでだ。オシショウ、爆弾をセットしてきます。救急車に乗り込んでいてください。ボタンを押せば五分後に爆発する」
飛鳥がこれ見よがしに、修太から取り上げたリモートコントロールの起爆装置をピアニストに見せて舞台を下りた。オシショウは下手奥の偽救急車に向かう。静まり返ったホールに、飛鳥の足音と修太の亡骸を抱いて啜り上げる睦月の泣き声だけが響いた。Mも弥生の亡骸を抱いて友のためにさめざめと泣きたいと思う。これ以上はない恥ずかしい格好で晒し者になった姿が情けなくて仕方がない。うなだれた顔を上げると、五メートル先の床に血まみれになった遺体がねじ曲がって転がっている。ちょうどMの目の高さだった。無機物になってしまった裸の遺体は、それでも美しく見えた。白々とした尻がMに向けられている。尻の割れ目から流れ出た汚物が無惨だ。死に顔が見えないことが無性に悲しく、うれしかった。

「頑張るのよ。Mには私がついているわ」
亡骸がMに語りかけた。見えない死に顔が幻聴をもたらす。勇気が出そうになった。しかし、もう弥生はMについていてはくれない。殉教者は一人で死ぬのだ。逆さ吊りになったMの目から、また涙がこぼれ落ちた。

「M、すぐに爆弾が破裂する。ホールのドアから爆風が吹き込むかも知れない。身体を固くして衝撃に備えろ」
突然、ピアニストの声が耳を打った。頭で鳴っていた弥生の声がスッと消え去る。現実がMの裸身を覆いつくした。全身が緊張する。
「どうして」
反射的に聞き返した。
「きっと修太が飛鳥をだましたんだ。リモコンのボタンを押せば、どこで押してもすぐ爆発する」
ピアニストの言葉が終わらないうちに鋭い衝撃が舞台を震わせた。轟音が響き渡り、大ホールの二重ドアから熱風が吹き込んできた。

正面玄関の横に並んだカウンターの陰で、極月は見張りを続けていた。配置についてからもう一時間半になる。何の異常もなかった。だが、集結最終時刻の午前零時が間もないというのに何の連絡もない。極月のいらだちは募っていった。何度もエントランスホールの奥のドアを振り返った。何回目かに振り返った視界に大きく開くドアが入った。立ち上がって見つめると、黒い人影がエレベーターホールに向かっていく。警備員の巡回かと思って、慌ててカウンターの陰に伏せた。同時に足元から衝撃が突き上げてきた。驚いて見上げたエントランスホールのガラス屋根越しに、夜空に吹き上げる真っ赤な火柱が見えた。火柱は透明なガラス張りのエレベーター通路を駆け上がって、打ち上げ花火のように夜空に散った。ライトアップされた白い繭型屋根が真っ赤に染まる。爆発音に痺れきった耳に太い叫び声が飛び込んできた。

「爆発だ。警察と消防に通報しろ」
巡回を始めた警備員の悲鳴が、崩れ落ちて割れるガラスの音に混ざった。ちょうど午前零時だった。極月は右手のベレッタを握り締めて、大ホールに向かって走った。ホールのドアの前に、見る影もなく焼け爛れた飛鳥の死体が吹き飛ばされていた。かろうじて焼け残ったスーツの背中が身元を告げている。大ホールの客席を駆けながら極月が大声で叫ぶ。

「トラブル発生、飛鳥が死んだわ」
興奮した叫びに答える声はない。客席を走り抜けて、異様な裸体が吊り下がった舞台に迫る。しなやかな身体が一気にジャンプして舞台に上がった。血塗られた床に横たわった六つの死体と、Mとピアニストの悲惨な姿が一切の出来事を極月に告げていた。

「極月、早く救急車を出せ」
偽救急車の助手席から降りてきたオシショウが鋭い声で命じた。
「卑怯者、私は裏切りは許さない。師といえども懲罰する」
高らかに叫んだ極月がオシショウの言い訳も聞かずにベレッタを構えた。迷うことなく連続して五発撃った。全弾を腹部に受けたオシショウが舞うように床に倒れた。しばらく腰を曲げて全身を痙攣させていたが、すぐにぐったりする。ほとんど即死だった。極月の手から重いベレッタが床に落ちた。乾いた音が合図のようにピアニストが口を開く。

「極月一人なら今からでも脱出できる。救急車に乗っていってくれ」
広げられた股間の前で後ろ手に縛られ、素っ裸で正座したピアニストを極月が不思議そうな目で見た。
「十五億円を一人で使い切る自信はないわ。私は残る」
ピアニストが肩を落とした。黙って股間に顔を寄せる。逆さ吊りになったMが苦しそうに首を曲げて極月を見上げた。

「極月、お願いがあるの。ここに残るのなら、股間を縛った縄を解いて欲しい。ピアニストに舐めさせたいの」
Mの願いに応えて極月がククッと笑う。笑い声が言葉に代わった。
「本当にMは強い。弥生が憧れたのも無理ないわね」
しんみりと言った極月が溜息を付き、尻の割れ目に食い込んだ縄を外した。ピアニストが待っていたように肛門を舐め、リングで封鎖された陰門に舌を這わせた。忘れていた官能の喜びが下腹部に込み上げてくる。パトカーのサイレンが聞こえ、ピアニストの喘ぎが耳を打った。痛いほど股間が吸われる。ピアニストが弥生の肉体を思い出して吸ってくれることだけを、Mは痛切に願った。

第6章 強奪 ―完―

明日より、第7章 婚姻 お楽しみに!

12.ひとすじの道(5)

「弥生、早く退け」
オシショウの怒声が、また背中を打った。
「私は、私の信仰を生きる」
澄み切った声がホール中に響き渡った。弥生がピアニストに向かって歩き出す。背筋をまっすぐに正し、後ろ手に縛られた胸を張って、全身でピアニストを覆い隠すために堂々と歩く。ピアニストと弥生の距離が急速につまっていく。ベレッタを構えたピアニストの顔が動揺し、苦悩に歪んだ。弥生はピアニストの目だけを見つめて歩き続ける。瞳の奥まで歩いていこうと決心した。ひとすじの道が遠くまで続いている。弥生が一メートル前まで迫ったとき、ピアニストの身体が左に跳んだ。目で動きを読んだ弥生の身体も、一瞬遅れて横に跳んだ。弥生の耳元でピアニストの銃が空を撃ち、カチッと貧相に鳴った。

ズガーンッ

同時にオシショウの銃声が響き、弥生の白い背中から真っ赤な血が吹き上がった。後ろ手の手錠を鳴らして弥生はピアニストの胸に倒れ込む。銃弾は背中から心臓を貫いていた。即死だった。オシショウが銃を構え直す。銃口から青い煙の上がるベレッタの照準を慎重にピアニストに合わせ、引き金を絞る。
「ウワアー」
唸りに似た叫びを上げて、緊縛されたMの裸身が飛鳥に突進した。飛鳥の身体がもんどり打ってテーブルごとオシショウを突き倒す。その拍子に照準の狂った銃口から連続して三弾が発射された。
「ヒッー」
布を引き裂くようなかん高い悲鳴が睦月の口を突いた。揺らめく足を踏ん張ってMはステージ奥を見た。睦月が縋り付いている修太の額にぽっかりと黒い穴が開いている。照準の狂った一弾が眉間を打ち抜いたのだ。修太も即死だったに違いない。Mは迷わず弥生の死体に駆け寄る。修太には睦月がいる。弥生の亡骸を抱くピアニストは、なぜか視野に入らなかった。弥生の身体をピアニストがMに差し向けた。血まみれになった裸身が哀れで、愛おしくてならない。Mは後ろ手に緊縛された不自由な裸身を弥生の身体に密着させた。全身を素肌に擦り付け、溢れ出る血を舌で舐め、口に啜った。温かな肌と血の温もりがMを悲しみの淵に突き落とす。Mと睦月の号泣する声がホール中にこだました。しかし、すべてが大ホールの舞台で起こったことだ。銃声も、悲鳴も、号泣も、ホールの外に漏れることはなかった。


ベレッタを手にしたオシショウがゆっくりと立ち上がった。憎々しい表情で両手で拳銃を構える。腰を落として再度慎重にピアニストに狙いを付けた。
「オシショウ、もういいですよ。修太の代わりがいなくなってしまう。ピアニストの始末は警察がします。最終幕のセットをして引き上げましょう」
飛鳥がうんざりした声でオシショウを制し、素っ裸で抱き合っている三人の背後に回った。右手に新しい麻縄の束を下げている。

「一切が終わったんだ。最後の舞台は私が演出する。Mとピアニストの肉体を素材にして、踏み込んできた警官があっと驚くようなアートを作ってやるよ。私にだって遊び心はある」
進行する狂気に侵されたように飛鳥が宣告した。唇の端に垂れた涎を麻縄で拭って、ピアニストの背後に屈み込んだ。弥生を抱いてぼう然とうずくまるピアニストの両手を背中にねじ曲げ、両手首をきつく緊縛する。弥生の死体は空しく舞台の上に転がってしまった。続いて飛鳥は、血まみれになったMを乱暴に立ち上がらせた。緊縛された裸身が直立し、全身を揺すって啜り泣いている。飛鳥の震える手がMの両脇から縄を通した。二本の縄で両乳房の上を縛ってから、厳重に腰縄を補強する。最後に左右の足首を別々の縄できつく縛った。

「オシショウ、T字型のバトンを下ろしてください。うつ伏せの開脚姿勢でMを舞台の上に吊します」
飛鳥が大声で舞台下手のオシショウに声を掛けた。オシショウが黙って舞台袖に消えた。やがて低いモーターの音とともに、十メートル上の天井から二本のワイヤーで吊り下げられたT字型のスチールパイプが下りてきた。パイプは床から二・五メートルほどの高さで止まった。飛鳥が背中に打った胸縄の縄尻を曳いてパイプの下にMを追いやる。直立した裸身の背中から延びた縄尻を、たるませたまま長いパイプに縛り付けた。次に、腰縄をとって同じパイプを潜らせた。右手でMのウエストを抱え、飛鳥が全身に力を入れてMを抱え上げた。左手で腰縄を引き絞ってからMの身体を離す。胸縄と腰縄の二本の縄がピンと張ってMの体重を支えた。うつ伏せた裸身が斜めに吊り下げられている。下を向いた顔の下三十センチメートルの所に舞台があった。長い髪が床に垂れ下がっている。腰は床から一メートルの高さで吊られている。不安定な姿勢に尻が震える。尻の割れ目を縦に縛った縄が無惨だった。自由になる両足が無様に空を蹴る。飛鳥が右足首を縛った縄を横に走るパイプの端に高々と吊した。続いて左足も吊り上げられた。胸縄と腰縄、そして両足首を縛った縄の四本でうつ伏せに吊り下げられた裸身が大きく両足を開き、弓なりになって宙に浮かんだ。体重を支える縄目が素肌を噛み、縄がきしむ。たまらない痛みと苦しさで、頼りなく全身が揺れた。

12.ひとすじの道(4)

「さあ、足を開いて尻を突き出せ」
淫らな興奮を隠そうともせず、飛鳥が震え声で命じた。Mは痛みが少なくて済むように両足を大きく広げた。腰を曲げて高々と尻を突き出す。陰門に食い込んだ縄が乱暴に引かれた。固い結び目が肛門に分け入る。つらい呻きが口を突いた。
「何度見ても、本当に色っぽい尻だ」
腰縄に縄尻を縛り付けた飛鳥がつぶやき、平手で尻を叩いた。小気味よい音が舞台に響き渡る。冷え切った尻が飛び上がるほど痛んだ。飛鳥は数歩下がり、まぶしそうな目で舐めるように裸身に見入る。抑えのきかないかん高い声がMの耳を打った。
「足を開いたまま、ゆっくり回るんだ」
命じられたとおりMが回転する。動く度に陰門に食い込んだ縄が股間を責める。ザラザラした麻縄の結び目が肛門を泣かせる。引き締まった尻が切なそうに揺れた。

「飛鳥、何をしているんだ」
不意に舞台の袖口から大声が響いた。よろけながら回転するMの目に、足を引きずって近付いてくるピアニストが見えた。素っ裸の肩に吊ったフォルスターが歩みに連れて揺れている。緊縛に泣くMは情けなさに身を震わせた。思わず頬が赤くなり、目をつむりたくなる。事情を知らないピアニストが飛鳥を叱責したくなるのは分かるが、余りにも場違いだった。滑稽にさえ見える。おまけに睦月までついて来てしまっていた。最悪の展開だった。

「ピアニスト、戻って」
後ろ手錠で縛られた弥生が身体を揺すって悲鳴を上げた。全身に悔しさが満ち溢れている。だがもう遅かった。ピアニストは背後に睦月を従え、舞台上手から登場してしまっていた。睦月がピアニストの背中越しに、いち早くステージ奥を見た。転がっている四つの死体と縛られた修太の姿が一瞬に全神経を沸騰させた。はじかれたようにピアニストを押し退け、睦月は舞台正面で仁王立ちになった。震える手で拳銃を引き抜く。

「裏切り者は死ね」
大声で叫んでオシショウに銃口を向けた。まっすぐ伸ばした右手の先で、銀色に光る拳銃が激しく揺れた。オシショウは動じる気配もない。ビールのグラスをゆっくりテーブルに置き、代わりにベレッタを握った。素早く銃口を上げて引き金を引く。ベレッタが火を噴き、残響が響き渡った。右肩を打ち抜かれた睦月がステージに投げ出される。銃創から吹き出す血を引きずって、睦月は呻きながら修太の方に這い進んで行く。猿轡を噛まされた修太が目を大きく見開き、這い寄って来る睦月を見た。憎しみと恐怖と愛が混じり合った真っ白な目だった。


悲劇の第二幕が幕を開けた。舞台中央を境に左右に役者が揃った。下手エプロンには全裸で縛られたMと飛鳥が立ち、小さなテーブルを前にしてオシショウが椅子に座っている。センターよりの場所に後ろ手錠で戒められた弥生の裸身がピアニストを向いて立っている。上手には素っ裸のピアニストが仁王立ちしていた。美しい弥生の裸身を挟んで、二人の裏切り者と遅れてきたヒーローが対峙している。エジプトの神殿のセットが舞台を彩り、四つの死体が物語の展開を暗示する。観客がいれば喜ばないはずがなかった。啜り上げる睦月の泣き声だけが静けさを破っている。
ピアニストが胸のフォルスターからベレッタを抜いた。見つめる弥生の顔が曇った。縛られたMも全身が緊張する。ピアニストは競艇場で弾丸を撃ち尽くしてしまい、ベレッタの弾倉は空なのだ。だが、もう幕は上がっている。今更弾がないことを気付かせても事態が好転するはずもない。

「ピアニスト、滅びを急ぐことはない。拳銃を捨てろ。弥生まで道ずれになるぞ。こちらにはベレッタが二丁ある」
オシショウがあざける声で言って、テーブルの上のベレッタを飛鳥に渡した。飛鳥がMの裸身を盾にして銃口をピアニストに向ける。

「弥生、ピアニストは殺さない。そこを離れてこっちに来い」
オシショウが弥生の背中に鋭い声で命じた。後ろ手錠の下で、高く引き締まった美しい尻が僅かに震えた。弥生はじっとピアニストの目を見つめ続けている。背中の銃口は少しも気にならなかった。一心にピアニストのことだけを思いやった。警察への生け贄には修太がいる。ピアニストのベレッタは発射されることはない。滅びの近いことを弥生は確信した。ピアニストも自分もここで死ぬのだと思った。惜しまれる滅びを選ぼう。そう決心した。弥生の全身から急に緊張が去った。後ろ手に縛られた両手を強く握り締める。

12.ひとすじの道(3)

「おとなしくした方がいい。オシショウは本気で撃つ。ついさっき悲劇の第一幕が終わったばかりだ」
耳元で飛鳥の低い声が響いた。Mと弥生を背中合わせにして互いの手首を二本の手錠で繋ぎ合わせた。
「ほらそこで、一足先に旅立った者たちが集い合っている」
オシショウの冷ややかな声が流れた。声に打たれたように二人がステージ奥を見た。エジプトの神殿をかたどった大道具の前に四つの死体が転がっている。死体の前に後ろ手錠をかけられた修太が正座している。膝が崩れないように縄で厳重に縛られ、猿轡をきつく噛まされていた。鼻から低い呻きが漏れ続けている。Mと弥生の裸身が硬直し、心臓が凍り付いた。触れ合った尻の筋肉が緊張する。恐怖と怒りが、鳥肌立った二人の素肌を交流した。

「裏切ったのね」
Mが悲痛な声を出した。やり場のない恥辱が全身を駆け巡る。
「いや、希望をかなえてやっただけだ。道を説くだけでは空しさが残る。実践してみせることが功徳なのだ。この者たちはもう、滅びを惜しむ必要もない」
オシショウの詭弁が客席に流れた。飛鳥が楽しそうにMと弥生の裸身を見回し、乳房の横のフォルスターからベレッタを抜き取る。

「オシショウの希望では、全員に滅びをプレゼントしたいらしい。だが強奪事件の責任を負ってもらう役が必要だ。修太かピアニストのどちらかは滅びるわけにはいかない。裁判の結果を待ってから滅びてもらうことになるね」
飛鳥が解説者気取りで説明した。Mの正面に回って言葉を続ける。
「ピアニストがいないようだけど、どうせMと同じで素っ裸なのだろう。パンツでも捜しているのかい。でも約束は約束だ。午前零時までは待つよ。ちょうど後三十分だ」
弥生の尻の震えが素肌に伝わる。弥生も飛鳥の言葉を理解したのだ。確かに、全員を殺してしまっては飛鳥とオシショウが逃亡した後の追及が厳しい。地の果てまで捜索の手が伸びるだろう。警察と世間が納得できる逮捕者が要るのだ。首謀者と呼べる者はオシショウとピアニスト、修太の三人しかいない。そして、生け贄に選ばれた修太が目の前で縛られている。他のメンバーの運命は、すでに決まっているのだ。

「Mには手錠は似合わないね。やはり縄がいい。自分でもそう思わないか」
突然、飛鳥が場違いなことを言った。ロンジンの腕時計から上げた目がMの胸を見つめている。粘り着くような視線だった。時間を持て余しているに違いないとMは思った。計画どおりの進行しかできない飛鳥は、待ち時間が不安でならないのだ。官能で不安を紛らわせようとしている。せっかくの才能に応用力と決断力が伴っていなかった。そうだとすれば、舞台に転がった四つの死体の仲間入りをするまでには三十分が残されている。まだ生き残る道はある。時間を稼げばピアニストか睦月がやってくるに違いなかった。チャンスが開けるかも知れない。今は飛鳥の欲望に応え、虐殺の決断をそらさせるしかない。

「飛鳥に縛られてみたいわ」
陰湿に燃える飛鳥の目を見つめてMが言った。唾を呑んでうなずいた飛鳥が大道具の裏へ消えた。荷物の梱包に使った麻縄の束を持って戻ってくる。オシショウはなんの興味も示さず、黙ってビールを飲み、飛鳥の行動をながめている。だが、右手はベレッタを握ったままだった。飛鳥が用心深くMと弥生を背中合わせに繋いだ手錠を外し、フォルスターを取り去る。弥生の後ろ手を改めて手錠で拘束した。オシショウの拳銃を意識した二人に反撃のチャンスはない。飛鳥はMの裸身をオシショウの正面に向けて晒した。麻縄を持って背後に回り、剥き出しの尻を指先で突く。縛りやすいように後ろ手になれという合図だ。Mは屈辱に奥歯を噛みしめ、黙々とビールを飲むオシショウをにらみ付けた。
背中で高々と交差したMの両手を飛鳥が厳重に縛り上げる。後ろ手を縛った縄尻を高く引き上げ、首の両側を通して胸元で結び目を作った。荷造り用の太い麻縄が素肌を責める。二本の縄が左右に分かれ、豊かな乳房を菱形に囲んで緊縛する。臍の回りにも菱形の縄目ができた。長く延びた縄尻を持って、飛鳥が股間に屈み込む。

「この縄で股間を縛る。陰唇に吊したかわいいリングに縄を通してやろう」
Mの顔を見上げて飛鳥が言った。口元に嫌らしい笑いを浮かべている。目の前には切れ上がった股間がある。黒々とした陰毛の間に金色のリングがぶら下がっている。飛鳥の長い指が二枚の陰唇を繋いだリングを摘んだ。臍の前の結び目から下ろした縄を慎重に輪に通してから、再び背後に回った。
「股縄がずれないように、結び目を尻の穴に入れてやるよ」
背中に陰惨な声が落ちた。飛鳥が楽しそうに縄の長さを測って大きな結び目を作った。

12.ひとすじの道(2)

睦月はトレーラーの運転席から外の見張りを続けていた。配置について五分で退屈してしまったほど、周囲には異常がない。楽屋口に入って来る人影はおろか行き交う車両の気配さえ疎らだった。見上げる位置にある道路から半地下になった楽屋口まで、弧を描いて下るスロープの奥に二台のトレーラーは止まっている。頭上から落ちる外灯の光を浴びて周囲は明るい。運転席だけが陰になっていた。不意にスロープの曲がり鼻に人影が現れた。睦月はぎょっとして助手席に置いた拳銃に左手を伸ばす。重い手作りの拳銃を右手に持ち替え、じっと前方を見つめた。人影はスロープの壁に背中をつけて三十メートル離れたトレーラーをうかがっている。水銀灯の青い光と、ナトリウム灯のオレンジ色の光が混じり合って侵入者を余さず照らし出す。眠そうだった睦月の目が大きく見開かれた。侵入者は素っ裸だった。それも女だ。続いてもう一人、素っ裸の女が現れた。互いに五メートルの間隔を開けて近寄ってくる。睦月の口元に笑みがこぼれた。弥生とMに間違いなかった。無防備に股間を開き、尻を壁につけて進んでくる姿が滑稽でならない。閉め切った運転席に笑い声が満ちた。人の気配を察したらしく、二人が前後してしゃがみ込んだ。乳房の横に吊ったフォルスターに手を伸ばして前方をうかがう。路面に片膝を突いた股間が大きく割れ、外灯の光が黒々とした陰毛を照らし出した。睦月は笑いをこらえて運転席の窓を開け、二人に手招きした。

「とうに懲罰期間は終わっているわ。よっぽど裸が好きなのね」
運転席の下に近寄ってきた二人の頭上に、睦月が冷やかしの言葉を落とした。
「みんな無事なの。異常はないのね」
冷やかしを無視して、弥生が切迫した口調で問い掛けた。答えの代わりに問いが戻ってくる。
「ピアニストはどこにいるの」
仕方なく弥生がうなずく。いらだちが込み上げてきたが、何としても欲しい情報は睦月が握っていた。妥協するのは弥生の方だ。

「ピアニストは小ホールの横にいるわ。足を負傷したのよ。みんなはどうしたの、無事でいるの」
再び弥生が問い掛けると、睦月が眉をしかめた。
「無事といえば無事ね。弥生たちが帰ってきたから強奪班も全員生還したわ。収容班と離脱班は言うまでもない。突入班の戦果は大ホールにいる修太に聞くといいわ。そこの通用口から中に入れる」
答えに結論はなかった。だが、計画の大部分が成功したことは二人にも知れた。睦月は口をつぐんで背後の通用口を指し示している。もうとりつく島もない。思わせぶりな言葉が、小さな喜びと大きな不安を二人に残した。Mと弥生は心急くまま、示された通用口に急いだ。玄関ドアほどの鉄扉を開けると温かな空気が二人の裸身を包んだ。寒風に晒されてきた素肌が喜びに震える。広い舞台ふところは暗い。非常灯のぼんやりした明かりだけが足元を照らしている。高さ三メートルの大道具の向こう側から光が洩れている。Mと弥生は舞台の上手に回り込んでいった。静まり返った大ホールの下手エプロンに小さなテーブルが置かれていた。テーブルの上ではランタンが輝いている。明るい光が白い髭もじゃの顔を照らし出していた。Mと弥生が一斉に叫ぶ。

「オシショウ」
呼び掛けにうなずき、折り畳み式のパイプ椅子に座っていたオシショウが立ち上がった。
「やっと来たか。ずいぶん遅れたが、見事な裸身が舞台に映える。みんなも待ちかねているぞ。さあ、こっちに来なさい」
ステージ奥に目をやってからオシショウが二人を招いた。Mと弥生の位置からはステージの奥が見えない。だが、言葉を聞いてほっとした二人の目が輝きだす。修太や極月、霜月たちに早く会いたいと思い、足が早まる。

「そこまででよい」
突然、オシショウの険しい声が響いた。ベレッタを握った右手を挙げ、二人の顔に向けて順番に照準をつける。

ズガーン

いきなり銃声が響いた。二人の足元の床に銃弾がめり込む。驚いて立ちすくんだ二人の手首に、背後から飛鳥が手錠をはめた。再び静寂が戻る。舞台に集まっているはずのメンバーたちの反応はなかった。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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