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10 断崖(4)

数時間前まで、あれほど美しいと思った少女の死に顔は、街灯の光線の加減か、醜く歪み、人の顔とも思えないほどの悲惨さを呈していた。

「あんたが殺ったのかね」
背後から掛けられた濁った声音に振り向くと、背広姿の男が二人、先ほどの若い警官を従えて立っている。
「まあ、事情を聞こうじゃないの。あんたの顔も結構痛めつけられているようだし」
年かさに見える男が言い終わらない内に、若い方の背広が私の右腕をしっかりと捕まえた。逮捕される恐怖より私は、年かさの男が言った顔のことが気に掛かった。多分、今朝彼にさんざん頬を張られた痕と、鞭打たれた痕がミミズ腫れとなって残っているに違いなかった。

警察署の中に入り、迷路のような廊下と階段を連れられるままにたどった後、私は、あまり快適とは呼べない狭くて寒い取調室で、二人の刑事とともに数時間を過ごした。
せっかく決意して社会復帰をしたはずの私にとって、この数時間はやはり、ビジネスの現場と似た緊張感を私に強いた。疲れ切った頭と身体で私が話したこととは微妙に、しかし決定的に違う調書に仕方なくサインした私は、死体遺棄の現行犯として即刻逮捕されることになった。

これで、海に沈んだ彼も、私も、少女も、一応の身の振り方が決まったのだった。

「また明日、詳しく聞かせてもらいましょう」と言った年かさの刑事の言葉を合図に、私の両手首で冷たい手錠が音を立てた。
しばらくぶりで還ってきた社会は、やはり私に冷たかったと、訳の分からぬ、思えば彼一流の拗ねごとを口の中で呟きながら、私は留置場へと連行された。

まるで品物を受け取るように、私を連行して来た若い刑事の書類にサインした留置場の警官は手錠を外し、部屋の中央に私を立たせた後、奥に向かって声を掛けた。だらしない声が答え、グラマラスな婦人警官が姿を見せ、私の前に立った。
「服を脱ぎなさい」と、低い声で彼女が言う。
「えっ」と、絶句した私に「裸になるのよ」と続ける。
また私は、人前で裸にならなければいけないのか。しかも、官能のときめきを演じる舞台の幕が下り、彼が消え失せ、私を待つ新しい舞台も第二幕もまだ、予感の中にしかないと言うのに。また私が全裸のプリマを演じるのか。
ひょっとして、別の夢が始まるのかと血が上った頭で考え、答えの出ぬまま私は、命じられるままに、また素っ裸になった。何のためか膝を折った屈み込むような恥ずかしい姿態を取らされた後、婦人警官は手に紙コップを渡した。尿をコップに採れと言うのだ。弱々しく抗議した私に、婦人警官は規則だからと高圧的に答える。

何が変わったのだろうと私は思った。彼がいなくなっただけで、私のすることは何も変わっていない。彼女が望むならば浣腸なしでも、うんちを採ってやってもいいとさえ思った。
私は、追い立てられるようにドアのない便所で屈んだ。目の前のガラス越しには男の警官の姿さえ見える。下半身に力を入れ、おしっこを出そうとするが思うように出ない。
いつしか、全身が熱くなり涙がこぼれた。涙は、頬でミミズ腫れになった、彼の残した鞭痕を伝って全身の傷に滲みた。

そのとき、警官たちが詰めたガラス戸の中から、FMラジオでもあるのだろうか、聞き慣れた音楽が聞こえて来た。

「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ第一番」の調べに全身が耳になった。
「バッハがお好きなのですか」と言うバリトンが、また聞こえて来るような気がして。
私は白い便器を跨いだ丸出しの股間をなぶる、冷たい透き間風に性器を晒しながら、熱い予感を裂けた肛門に感じたのだった。

きっとまだ、あの夏の日から見始めた夢は覚めず、また新しい深みへと陥って行くのだろう。
私は、渾身の力を振り絞り、
「うわっー」と高らかな叫び声を、いつ果てるともなく留置場いっぱい、轟かせ続けた。


第1章 M ―完―
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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