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10 囚われ人(2)

静まり返った大気を裂くロードスターのノイズが聞こえた。Mが市街地から帰って来たのだ。
壁の時計とにらめっこしながら待ち、きっちり一時間後に蔵屋敷へと向かった。なぜ一時間待たなければならないのか、はっきりとした理由はないが、一時間を掛けてすべての心構えをしたつもりだった。
とにかく僕は、このまま都会の生活を初めるわけにはいかないと思ったのだ。遠く離れて住めば、両親もMも、それほどの時も要らずに遠い存在になっていくことは分かっていたし、このままその時が来るのを待っているつもりだった。しかし、僕は思い直したのだ。家族も愛しい人も、みんな音楽のようだと、スケルツォを弾きながら思ったのだ。遠く離れれば当然音は聞こえないが、一度聞いて耳を離れなくなった演奏は、時とともにその凄まじい感動を増殖させていくのだ。それが、決して逃れることはできない音楽の魔力なんだ。僕はMに会って以来、すばらしいまでに淫らで寒気がするような音楽を聴き、自らプレーしてしまったのだから、身を引いて時の流れに身をゆだねれば済むことではなかった。時と場所が解決してくれる問題ではなく、きっと僕自身でエンディングの音を置くべきなのだ。その音を激しくフォルテで置くか、そっとピアニシモで置くかが今、僕に問われているのだと思った。

微かに西の空に明るさの残る黄昏の中、僕は黒いセーターとブラックジーンズで決め、蔵屋敷へと向かう。
ようやく咲き始めた梅の香りが艶めかしく漂い、鼻先をかすめる。目を上げると、すぐ近くの枝に楚々とこぼれる白梅の花があった。やはり彼女には紅梅が似合うなと思ったが、手を伸ばして枝を折り、壊れそうなほど薄く白い、小さな花に顔を寄せた。ふくいくと香り立つ白い梅の花にMのルージュがだぶり、真紅に染まる。花の香りが消え失せ、ゲランの匂いが彼女の体臭とともに甦った。すべての臭いを消したあの雪原に漂うMの匂いがまた、彼女が吊されていた梅の木から香り立つ。脳裏に浮かんだ凄惨な記憶に猛り立つペニスが、スリムのブラックジーンズの中で泣く。だって、僕のプリマが待っているんだ。

白梅の枝を手に持って、自動ドアの前に立った。すっと開いたガラスドアに気をよくして、足早に控えの三畳間をやり過ごし、座敷の扉を開け放った。
目の前に広がる二十畳の座敷の中では、ひとつき前と同じ異様な光景が繰り広げられていた。
目に映った三人の男女は皆、素っ裸だった。一人は僕の父で、もう一人は母、そしてMは鎖に繋がれていた。
そんな三人が僕を笑って迎えている。荒廃しきった空気が押し寄せ、僕を覆い尽くそうとする。ぎょっとして、手に持った白梅の枝を床に落としてしまった。白く小さな花が、二つ三、足元に転がる。
ここで逃げ帰らねば、ひょっとして都会の新しい生活に入っていけなくなるのではという恐怖が、脳裏をかすめた。しかし、一切を見ること、見た物の中から判断し決断することが僕に課せられた義務だと思い、一心に目を見開いてすべてを見た。そう、それが僕自身に課した義務なのだ。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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