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5.ショー(5)

入口に向かって三歩歩いたとき、素早く追ってきた極月と祐子がMを挟んで並んだ。
「M、これで決心できたでしょう。修太の両親に電話するわ」
極月が平静な声で事務的に告げた。Mが小さくうなずく。
「電話はいいわ。私がする」
Mの答えに極月は反応を見せず、黙って席に帰っていった。残されたMと祐子は立ち止まって向き合う。離れた舞台のほうから、相変わらず鈴の音色と睦月の嬌声が聞こえてくる。
「祐子の生地が採用になったんだって、おめでとう。国際演劇祭の応募作品の衣装だもの、世界に発信する日が来たのね」
Mの賛辞に祐子は答えようともしない。暗く沈んだ目でMを見つめた。
「睦月から進太を引き離すつもりなの」
唐突に祐子が言った。祐子に相談したこともない話を持ち出されてMは戸惑う。
「睦月は進太の母親よ。睦月が何をしたって言うの。性を商品にした芝居を見せてお金を取るのが、そんなに悪いことなの。性に嫌悪感を持つなと教えてくれたのはMよ。寄り添って生きることの大切さも教えられた。なのにMは、実の母子を引き離そうとするの。家族って、簡単に引き離せるものじゃないと私は思う」
軽いめまいがMを襲った。確かに醜悪なショーは嫌いだし、売られる性を見るのも嫌だった。しかし、何にも増して、ズカズカとどこにでも踏み込んでくる祐子の態度が不快だった。
「ねえ、祐子。あなたが言っている意味が分からないけど、ここで議論をするつもりはないわ。大事なのは、このままでは進太が睦月に殺されるかも知れないっていうことだけ」
「Mが心配することではないと思う」
「どうして」
「母が子を殺すことは誰でも止めるべきよ。でも、殺すかも知れない母を子から引き離す権利が誰にあるというのかしら」
Mの顔が苦悩でゆがむ。進太のあどけない顔が脳裏に浮かび、ピアニストの悲痛な顔が瞼を掠めた。喉元まで込み上げてきた叫びを必死で押さえる。
「私が家族を持ったことがないから、何も分からないと祐子は言いたいのね」
「ちがうわ」
祐子の悲鳴がフロア全体に響いた。
「Mは何よりも大切な私の家族よ」
すがるように言った祐子は、そのまま床に泣き崩れてしまう。Mは黙って見下ろしていた。勝手に造り上げた理想はもろい。いつでも簡単に崩れ落ちてしまいMを頼るのだ。祐子のむせび泣く嗚咽が長く低くフロアに流れていく。Mは顔を上げ、背筋を伸ばしてドアに向かった。

「M、帰ろうたって、そうはさせないよ」
祐子の泣き声をかき消すように、舞台の上から睦月の怒声が飛んだ。
「私が客に見せていることはすべて、Mがこれまでしてきたことだ。しっかり見て、批評をしてくれなくては私の立場がない。それとも、素っ裸になって舞台に上がり、私と競演するかい。私は望むところだ。散々見せ付けてきた恥ずかしい姿を今さら隠そうたって無駄なことだ。さあ席に戻って、お前のやってきたことを最後まで見ろ」
怒り狂う睦月の声を背中で聞き、Mは階下に続くドアを開けた。無性に流れ落ちる涙で階段も見えない。熱い悲しみだけが全身を浸していた。

「卑怯者」
一際大きく叫ぶ睦月の声が響き渡り、背後でドアが閉まった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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