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6.海炭市へ(2)

「あんたは、やはり兄さんだよ。俺は伊東晋介、中学三年生で十四歳。でも、カメラはプロ級だよ。今日は海炭市の写真コンテストに招待されたんだ。ほら、これ、見ておくれよ」
得意そうに言った晋介が、尻ポケットから四つに折り畳んだパンフレットを差し出しました。表紙には、大きな活字で「日本一の夕日・写真コンテスト」と刷られています。
晋介が、小さな活字を指差しました。トップの推薦作品の下に、五つ並んだ優秀作品の一番に伊東晋介の名前がありました。作品タイトルは「夕日のきれいな街」です。カッコ書きのモノクロームの文字が目立っています。

「すごいね。モノクロの作品で一位入選じゃないか。もったいないね。カラーだったら推薦になったかも知れない」
つい大きな声で感想を述べてしまいました。晋介の目が大きく見開かれます。得意満面といった口許から、高ぶった声が響きました。
「モノクロだからいいんだよ。夕日をカラーで撮って、きれいなのはあたりまえ。写真を見る人が持つ、夕日の思い出を喚起させるのが俺の狙いなんだ。タイトルの、夕日のきれいな街は俺の故郷。特定の色で紹介できないほど美しい。兄さんにも、ぜひ見せたいくらいだよ」
晋介が誇らかに言い切りました。少年の奢りは共感できます。僕のように隠そうとしないすがしさが、新鮮な感動を与えました。

「君の言うとおりだ。機会があれば、君の街にぜひ行ってみたい。でも、僕を兄さんと呼ぶのはやめてくれ。進太でいいよ」
親しみを込めて答えると、待っていたように晋介が身を乗り出してきました。
「いや、兄さんは俺より一個年上だから、進太さんと呼ぶよ。俺は晋介でいい。見掛けによらず、俺は礼儀正しいんだ。いいだろう」
提案を聞くと同時に、僕は吹き出してしまいました。怪訝な顔で晋介が見つめていますが、なかなか笑いが止まりません。やっと笑いを納めて口を開きます。

「参ったな。確かに、晋介は礼儀正しいんだろう。でも、先ほど祐子に見せた態度からはうなずけないよ。まるで喧嘩を売っているみたいで、はらはらさせられた」
「ふうん、あの人は祐子というの。俺は女性差別が信条だから、俺の礼儀からは外れていない。進太さんも祐子と呼び捨てにするくらいだから、俺と同じだ。祐子はヒステリーなんだろう。写真を撮ったくらいで、ムキになって突っかかってくる女も珍しい。もし、生理中でないのなら、根っからのヒステリーだよ」
晋介が真顔で答えました。僕は、また吹き出してしまいます。
「祐子はヒステリーじゃないよ。死にたくなるほど、世の中が嫌になっているだけさ。晋介にも、思い当たるところがあるだろう」
「別に、急がなくたって死ぬときは死ねるよ。俺は死にたいと思ったことなんてない。たとえ思ったとしても、思わなかったことにしている。進太さんも俺と同類だろう」
シビアな答えが返ってきました。即座に応えることができません。けれど、晋介の言ったことは事実です。黙って小さくうなづきました。晋介の口許に笑みが広がります。大きな目の輝きが増しました。

「進太さんは、高校生なのか。今時、どうして海炭市に行くんだい。俺も、一緒させてもらって構わないか」
矢継ぎ早に聞いてきました。初対面なのに、ずいぶん好かれてしまったようです。僕の方が面食らってしまいます。意地悪な質問をしてみることにしました。
「答える前に、一つだけ聞きたいことがある。晋介には、友達がいるのかい」
「いないさ」
即座に答えが返ってきました。怒りもせず、傷つきもしません。自信に溢れた声で先を続けます。
「俺の友達は、カメラと空手だけだよ。空手は二段を取った。でも、俺は武道家より、写真家を選ぶことにしたんだ。中学校を卒業したら写真の専門学校に進む。親父が金持ちだから、好きなことをさせてもらうんだ。親父は医者で、俺の知らない女と暮らしている。高校に進学して医大を目指せと説教したから、ぶっ殺してやると言ってやったよ。あんな親父でも命は惜しいらしい。すぐに折れてきて、好きなだけ金を出すと言った。お袋は、顔も覚えていないころに死んだ。あんな親父と寝たお袋は馬鹿なやつだ。祐子に言ったことに嘘はないよ。俺をつくったころのお袋を、写真で表現しようと思っているのさ。だから、蔑視していても女は撮りたいんだ。さあ、次は進太さんの答える番だよ」

晋介は、さり気なく自分の来歴まで話しました。頭の回転も素早いようです。僕の答えをあいまいにさせないように、事前に手を打ってきたのです。意地悪な質問が裏目にでてしまいました。真剣に答えることにします。
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官能のプリマ全10章
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