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11.心を病む人(5)

「晋介、やけに神妙にしてるじゃないか。このくらいの話に恐れ入る晋介ではないだろう」
先生の言葉を待っていたように、晋介が飛び付きます。
「当たり前だよ。そんな、訳の分からない話じゃ動じないね。俺は、進太さんと海炭市から帰ってきたばかりなんだ。結構、冒険もしてきた」
晋介の答えを、先生はうれしそうな表情で聞いています。
「ああ、私がプレゼントしたライカで撮った、夕日の写真コンテストね。冒険というと、あちらでも何か、いい写真が撮れたのかな」
「撮れやしないよ。海炭市では、俺、人を殺してしまった」
さりげなく言った晋介の言葉が、僕を打ちのめしました。
人型の炎になって燃え上がる、校長さんの姿が目の前に広がりました。全身から血の引いていく感触がします。
壇原先生が、真っ直ぐ僕の顔を見つめました。僕の青白くこわばった表情を見て、先生は晋介の言った言葉が真実だと認識したはずです。

確かに、ガソリンを被った校長さんに、火の点いたジッポーを投げて焼死させたのは晋介です。たとえ、僕と祐子の危機を救うためだったとしても、晋介が罪障感に責め苛まれていて当然です。それを思いやれなかった僕の想像力が貧困に過ぎたのです。つい先ほど、晋介を個人的な問題に巻き込むことを怖れた自分が、滑稽に見えてしまいました。
全身を硬くして先生の言葉を待ちます。

「そうか、晋介にはいい薬だ。勉強になっただろう」
先生の言葉が落ちました。苦渋に満ちた響きですが、はっきりした声です。
「うん、すごく勉強になったよ。壇原先生、いつもありがとう。また来るね」
元気溢れる大きな声で晋介が答えました。先生の返事も待たないで立ち上がります。僕も立ち上がって晋介と並びました。ドアを開けたところで、二人して振り返りました。
先生は疲れ切った表情で椅子に座っています。かろうじて笑顔を浮かべ、僕たちに手を振りました。
壇原先生が晋介の殺人の告白を受容した背景には、殺人現場に晋介と一緒にいたはずの、僕の人格に対する鋭い観察と分析・評価もあったはずです。先生は一瞬のうちに、事件の偶発性と、事件に遭遇せざるをえなかった晋介と僕の運命を認めたのです。そして、罪を告げた晋介の一切を受容しました。
僕は、壇原先生の持つ、疲れきった雰囲気の意味が分かったような気がしました。罪人の懺悔を聴く、カトリックの司祭そのままなのです。心を病む人と接する医師の仕事は、神の仕事とイコールになってしまうのでしょう。
壇原先生は、人の良心を越えた水準の医療を自らに強いているようです。晋介が病院に来る途中で、先生を苦手と言い、後ろめたいと言った言葉も、初めて得心がいきました。
足取り軽く院長室を出る晋介に続いて、僕も深く頭を下げて、先生に別れを告げました。


「腹が減ったね。進太さん、ファミレスに寄ろうよ」
タクシーが走り初めてしばらく経つと、晋介が甘えるような声を出しました。時刻はとうに正午を回っています。目まぐるしく変わる事態に対応するのが精一杯で、僕は食事のことなど忘れていました。けれど、晋介の声を聞いてお腹が鳴り出しました。聞きつけた晋介が、無邪気な声で笑います。
僕たちは、最初に目に入ったファミリーレストランで遅い昼食を食べることにしました。
ステーキ定食の大盛りを軽く平らげた晋介は、デザートにクレープまで注文しました。僕はスパゲッティ・ミートソースで満腹です。
晋介は、もういつものペースに戻っています。図太さと効率のよさにはついていけません。

「進太さん、本当に寺の坊主に会う気なの」
真顔で問い掛けてきました。口にくわえたショートピースに使い捨てのライターで火を点け、深々と吸い込みます。怪訝な表情をして答えようとしない僕に、白い煙を吹きかけました。黒い長袖のTシャツが大人びて見えます。決まってしまった予定に難癖を付ける晋介が小憎らしくなりました。
「俺、寺の坊主を思い出したよ。小学校の道徳の時間に説教に来たことがあるんだ。変なやつだった。今朝会った道子も変なやつだ。あんなやつらに何回会っても、らちはあかないと思うよ。M捜しはもういいんじゃないの」
答えようとしない僕に追い打ちを掛けてきました。僕もむっとします。

「別に晋介が一緒に来なくてもいいよ。せっかく壇原先生が電話をしてくれるんだから、僕は義寛師に会いに行く。ひょっとすると、あの道子さんは姉になるのかも知れないし」
答えてしまってからぎょっとしました。姉という言葉に、多分に感情がこもってしまったような気がします。すかさず晋介が突いてきました。
「ほら、進太さんまで妄想に取り付かれている。これだからやばいんだよ。素人が病人と対決すると、必ず影響されてしまうんだ。一人でなんか行かせられない。俺も付き合う。さっさと済ませてしまおう」
したり顔で言った晋介が、煙草をもみ消してレシートを手に取りました。
椅子を鳴らして立ち上がります。
取り残された僕は形無しです。でも、これで冷静になれそうです。急いで晋介の後を追いました。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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