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10.面談(3)

進太は山根川の川原づたいに、山地に向けて歩いていた。遮る物の何もない川原を渡る風は心地よかったが、日光の直射が散々に痛め付けた。無帽の頭がじりじりと灼け、全身が汗にまみれた。出つくした汗が塩に変わると無性に喉が渇いた。全身が乾ききり、素肌が焦げ始めるような気がした。このまま炎熱の中に倒れ、死んでしまってもいいとさえ思う。どうせ僕は邪魔者なのだとふてくされると、沸き上がる焦燥が日射しにも増して進太の心を熱く灼いた。一時的に高まった破滅への衝動は、猛暑の中では長続きしない。工学部の先の橋下の日陰まで出たところで、ついに我慢ができず、進太は裸になって川に飛び込んでしまった。

山地の沢水を集めた山根川の清流は、進太の裸身を優しく包み込んだ。冷たい水が火照りきった肌を一瞬に冷やす。素肌全体が歓喜の声を上げた。喜びが全身に伝わる。このまま死んでもいいと思えるほどの心地よさで、進太は流水と一体になり親和した。脳裏に渦巻いていた焦燥も、またたくまに吹き飛んでいった。だが、平安はつかの間に過ぎない。進太の冷ややかな意識の中で、熱い怒りが膨らんでいった。激情を育むには、人は快適な環境を必要とするらしい。快適な水浴びで自足した進太の心に芽吹いたのは、パステルカラーの殺意だった。

どれほど関心をねだっても、これまでとは手の裏を返すように進太を無視する母。それでも進太は母の側に居たかった。つい一か月前までは、痣ができるほど折檻されても、食事を与えられなくても、進太は母の存在を全身で感じ取ることができた。素っ裸にして鞭打つ母も、進太と同じ地平にいたのだ。進太に絶食を命じたときは母も食事をしなかった。母子二人だけの黙契が、毎日の虐待を用意していたのだ。それは母か進太の自立で終わるはずだった。どちらかの自立が家庭の自立につながる。しかし、睦月は母を捨て、女であることを選んだ。明後日のメルボルン行きを前にして、進太を鉱山の町に売ろうとしたのだ。その母を誘い、進太を捨てさせた男が演出家の沢田正二だ。沢田は性を武器に、母を一人の女に変え、進太から奪った。そして嫌がる進太を鉱山の町に引き取りに来た祖父。あの粘り着くように進太に迫る理不尽な態度は決して許すことはできない。母から進太を引き離そうとする第一級の敵だ。その敵に会心の一撃をくれたとき、Mは真っ先に敵を救いに駆け寄ったのだ。そして母は、母は足手まといになった進太を振り払うように打った。あの時進太は完全な孤独を実感した。孤立無援の中で何をしたらよいか分からず、一散に逃げ出してきたのだ。やはり死のうと進太は思う。世界中に僕のいられる場所はないと思い定めた。死ねば母と一緒の世界に戻れそうな、甘い予感が進太を彼岸に誘う。

進太は冷ややかな流れの中を、一番の深みを目指して泳いだ。橋の中央の濃い緑色に見える淵まで泳ぎ、目を固くつぶって身体を硬直させた。見る間に頭が下がり、裸身が流れに引き込まれた。目の前が真っ暗になり、息苦しさが募る。水中で身体が不安定に浮遊する。吐く息がなくなり、じっと息を詰めたが空しく、苦しさに負けて小さく呼吸した。途端に鼻と口から水が侵入し、苦しさに咽せた。目の前が真っ赤になり、まぶしい光が急に輝きだした。橋から五メートル下流に進太の頭がぽっかりと浮かび上がった。進太は上流に泳ぎ戻り、二度、三度と自殺を試みたがすべて失敗した。最後は、さすがに全身が冷え切り、唇が震えているのが分かった。突然、このままでは溺れてしまいそうな恐怖に駆られた。自殺はしたいが溺れるのはいやだった。泡のような殺意は急速に萎んでいった。

地震による連載休止のお知らせ

本日、14日まで予約投稿をしておりましたが、明日以降の投稿は、
地震また輪番停電が落ち着きますまで、休止とさせていただきます。
なお、当小説の全文は、http://prima-m.com/ に掲載されております。

このたびの大惨事の犠牲になられた方々のご冥福をお祈りし、
被災者の皆様には心からお見舞い申し上げます。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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