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5.飼育(2)

「死んでやるわ」
声に出して叫んだが、闇の中に応えはない。どす黒い思念だけが真言となって鳴り響いた。
「ウッー」
無言の気合いと共に博子は膝を崩した。首縄が喉を絞める。一気に呼吸が止まり、頭の中が真っ赤になった。憎々しいチハルに死に様を見せられないことだけがひたすら悔しかった。


進太は街道に合流する手前でバイクを止めた。じっと耳を澄ませ、通り過ぎる車両がないことを確かめてから街道に出る。可能な限り山道を走ったため、街道を走るのはたった数分に過ぎない。だが、無免許の進太はやはり緊張する。今朝は特に、理由のない不安が胸の底に沈んでいるようで気が重かった。立ち縛りにして放置してきた博子の裸身が目の前にちらつく。蔵屋敷に続く枝道に入ったところで進太は肩の力を抜き、ヘルメットの黒いサンバイザーを上げた。遠くに見える疎水沿いの梅並木の手前に白いワゴンが駐車してあった。見覚えのある車だった。中学校の担任の秋山の車だ。面倒なことになったと眉をしかめたときにはワゴン車の直前に迫っていた。左右のドアが同時に開いた。運転席から秋山、助手席から臼田清美が降り立つ。もう逃げ隠れはできなかった。

「進太、どこに行っていたんだ。留守番の歯医者さんは学校に行ったと言っていたぞ。嘘はだめだよ。Mさんが市のコンピューター学校に通いだしたからといって、目を盗むような真似はよせ」
バイクを止めた進太を、秋山が一喝した。進太の頬が真っ赤に染まる。Mの目を盗んだという言い掛かり以外は真実だった。それだけに、言い掛かりが胸に応えた。

「僕の不登校は毎度のことでしょう。行って来ますと言う言葉を、歯医者さんが勘違いしただけです。Mには関係がない。不登校を理解してくれています」
大声で進太が答えた。
「進太ちゃん、まずバイクのエンジンを止めなさい。秋山先生も頭から叱りつけないでください」
大きな目で進太を見つめて清美が言った。横に並んだ秋山の顔が真っ赤になる。進太はエンジンを止めた。疎水の回りに静寂が戻った。
「清美さんは進太に甘すぎます。悪いことは悪い、良いことは良いと、はっきり伝えるべきでしょう。進太も甘えていないで、そろそろ学校に出てくるんだ。自分勝手なことばかりしているから友達ができないんだ。だから虐められる。いくら勉強ができたってだめだ。学校に来い」
興奮した声で進太を叱った。今度は清美も黙っている。進太が答える番だ。しおらしくうなだれていた方が早く済むが、今朝の進太は気が立っていた。

「僕は虐められるから学校に行かないんじゃない。自分勝手もしていません。少なくとも、先生みたいに意見を強制したりはしない。勉強ができるのは生まれつきですし、友達もいます」
「そんな生意気ばかり言ってるから、クラスメートと協調できないんだ。いいか、うちの学校は小学校から中学校まで一クラスで、みんな顔見知りだ。先輩も後輩も家族のように付き合っている。進太はなぜ仲間に入らないんだ。本当はみんなとワイワイやりたいんだろう。なあ、強がりはよせよ」
進太の答えに拳を握り締めた秋山が、今度は泣き落としできた。仲間と楽しくやりたくない変人がいるとでも思っているみたいだ。だが、そんな奴はどこにもいない。進太も学校の仲間に溶け込みたいと思う。むれあうことを嫌う人間はいない。誰だって自分の役割を認めてもらいたいし、そこで安住したいのだ。進太の目に涙が滲んだ。

「進太ちゃんに、ちょっかいを出す子がいるのは先生も知っているのよ。あんなに知恵遅れのクーチャンをかわいがっていた進太ちゃんが、なぜ面倒を見なくなったのか、先生は理由を知っているわ。きっと進太ちゃんは、友達に冷やかされて照れくさくなったのよね。あのころの年頃は、善い行いを冷やかされると反発したくなるのよ。それが今になって、クーチャンを殺した犯人に疑われたりしたら、人間不信になっても仕方ないわ。でも、進太ちゃんはもう大きいんだから、負けちゃだめ。成長した考えを持って、堂々と善いことをすればいいのよ。ちっとも照れくさくも、恥ずかしくもないから、ぜひ前に出て欲しいの。ねえ、進太ちゃん、勉強が遅れている女の子たちを教えて上げてちょうだい。きっとすぐ友達になれるわ、お願いよ」
大きな優しい目が縋るように進太を見つめて言った。進太の背筋を、殺意に似た冷たさが走った。いくらキヨミ先生でも言っていいことと悪いことがある。清美の言葉は進太の神経をずたずたに引き裂いた。
「僕には友達がいます」

清美の目をじっと見つめて低い声で言った。進太の脳裏に立ち縛りにされた博子の裸身が浮かぶ。
「ドーム館のチハルさんのことね。きっといい人なんでしょうけど、あの人は先生には危なげに見えるの。よく知りもしない人を印象で物を言うのは教師らしくないけど、同じ女として言うのよ。きっとチハルさんは自分に正直すぎる人だと思う。感情をセーブしないで爆発させることができる人よ。それは危険なことなの。自分を破滅させる恐れがある。人は感情をセーブし合って生きていくのよ」
「キヨミ先生と、秋山先生のようにですか。でも、僕とチハルはセックスはしません。だから友達なんです」
勘違いして説教した清美に憎悪を込めて言葉を投げた。すかさず清美が進太の頬を張った。かん高い音が響いたが痛くなかった。じっと清美の顔を見つめた。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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