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3.拉致(1)

十月下旬の日曜日の昼前、チハルは黒塗りのゲレンデヴァーゲンで忍山沢に分け入っていった。忍山沢は山根川に流れ込む数多い支流の一つで、山地の西に切り立つ山系に水源を発する一級河川だ。山地の人は「おしやま」と呼んだ。よく植林された山並みが、狭い沢筋沿いに延々と続いている。

すがすがしく晴れた日だったが、鬱蒼とした杉の巨木が密生しているため、舗装された林道の周囲は暗い。開け放したサンルーフの中に見上げる空だけが、底抜けに青かった。三十分ほど、道なりにくねくねと曲がりながら、急な坂を上っていくと突然視界が開ける。植林した杉林が果て、自然のままの山肌が広がっている。コナラやクヌギなどの黄ばんだ色彩の中で、真っ赤に燃え上がったカエデがひときわ目に映える。錦繍と呼びたいほどの秋景色だが、やはり山根川源流の紅葉には及ばない。手頃な沢にも関わらず人影のない理由だった。釣り人も滅多に入らない。決して魚影が少ないわけではないが、渓流にしては緩やかな流れが、雄壮な山根川に比して人気がない。しかし、チハルにとってはそれが好都合だ。特に山仕事の作業員がいない日曜日は最高だった。忍山沢はチハル一人のものだ。もうじき始まる猟期に向けて、猟場の下見をするのにちょうどよかった。比較的流れの緩い渓流はゲレンデヴァーゲンで遡上できる。猟のポイントを見付けるのに最適だった。興に乗って発砲したとしても、聞きとがめる者は誰もいない。チハルは助手席に置いたレミントンM1100を横目で見た。十二番口径のシェルを七発装弾でき、セミオートマチックで発射できる散弾銃だ。腕はクレー射撃で毎日磨いてきた。異常に繁殖して農作物を荒らすというイノシシを退治することを考えると腕が震える。違反を承知で今日は十発の実包を持ってきた。すでに三発は装填済みだ。だがチハルに猟の経験はない。ペーパーテストで狩猟免許を取得しただけだ。高齢者ばかりになってしまっていた猟友会は喜んでチハルを迎え、基礎から指導監督すると言った。銃の所持を管理する警察の目を気にして入会はしたが、チハルは会員と一緒に行動する気はない。何と言っても山地に住んでいるのだ。牽制される気遣いはなかった。口元に笑みを浮かべて、じっと渓流の先を見つめた。

五メートル先で道は分岐している。舗装した林道は忍山沢に架かる小橋を渡って大きく曲がり、コナラの枝が張りだした山腹を迂回して続いていた。もう一本の未舗装の枝道は、真っ直ぐ忍山沢に沿って下っている。チハルはスピードも緩めずにゲレンデヴァーゲンを一気に枝道に乗り入れた。フロントガラスから見えた枝道は、かろうじて車一台が入り込めるほどの広さだ。路面も荒れ放題で、瘤のようなギャップが連続している。チハルは激しいショックを覚悟してハンドルを握る両手に力を込めた。だが、さすがにゲレンデヴァーゲンのサスペンションは凄い。待ち構えたギャップにスムーズに追従し、凸凹を跨ぐように踏み越えていく。痛快だった。開け放った車窓から飛び込み、肩を掠める枝葉も気にならない。心持ち小鼻が膨らむ。得意の絶頂だった。見物する通行人がいないことがしゃくにさわるぐらいだ。今日のチハルは緑と茶、黒の三色で迷彩を施した野戦服の上下を着ている。足元はジャングルブーツだ。目深に被った黒いキャップの下でサングラスが光った。沢筋に沿ってしばらく坂を下ると道が果てる。大きな花壇ほどの砂地の先を渓流が洗っていた。川幅は六メートルほどあるが、対岸は山が迫り、岩場が続いている。谷は大きく開け、日の光が満ちている。紅葉した木々が目にまぶしい。チハルは砂地の上でゲレンデヴァーゲンを止め、車外に降り立つ。渓流のすぐ前まで行き、慎重に水深を計った。チハルのいる左岸の山裾はなだらかで岩も少ない。主流は対岸の巨岩の間を白い渦になって流れている。ドウドウと岩を噛む流れの音が耳を圧する。左岸の水際沿いに進めば、水深は深くても五十センチメートルほどだろうと見込みを立てた。再びゲレンデヴァーゲンに乗り込み、センターデフをロックする。これで完全な四輪駆動だ。少し緊張してゆっくり流れに進入した。フロントを洗う白い波頭が目の前に見える。車体を押し戻す水圧をアクセルでコントロールして、一定の速度を保つ。冷たい川風が渡っていくが、手に汗が滲むほど暑い。秋の透明な日射しを浴びた水面が乱反射し、サングラスで覆った目を責め続けた。時折水面を割ってイワナが宙に跳ね上がる。テリトリーを荒らしに来たチハルを威嚇しているようだ。今にもエンジンが急停止するような恐怖が胸を掠める。だが、黒いゲレンデヴァーゲンは順調に忍山沢の流れを遡っていった。

山腹に沿って大きくカーブを描く渓流を十五分ほど走ると、岩で覆われた対岸の二メートルほどの所に再び林道が現れた。渓谷の様相も変わる。これまでなだらかだった左岸が岩場になり、右岸が穏やかな山裾になる。複雑な地形が沢筋をもてあそんでいるようだ。チハルは慎重に渡河点を捜した。十五メートル先の対岸に、渓流に乗り入れたときと同じような砂地が見えた。流れも比較的穏やかに見える。ほっとした拍子に、林道の横の狭い退避場が目に入った。白いパジェロが止めてある。

「あっ」
チハルの口から驚きの声が漏れた。人が入っていないと確信していた忍山沢で見たパジェロは、幻影とさえ思えた。一瞬身体が弛緩した。途端にゲレンデヴァーゲンのスピードが落ちた。慌ててアクセルを踏み込み、周囲を見回す。戻した視線に岩場が見えた。林道に止まったパジェロからは斜め下方に当たっている。水際に張り出した台上の岩がテラスのように見えた。ちょうど日溜まりになった岩のベッドの上で、二つの裸身が絡み合っている。チハルは目を見張った。もう十メートルと離れていない。渡河する進路のすぐ下流に当たる。だが、ここで停車するわけにいかない。マフラーが水没すればエンジンも止まってしまう。露天でセックスを楽しんでいる二人が不注意なのだ。侵入者を我慢してもらうしかなかった。もっとも野外でのセックスの醍醐味は分からないわけでもない。チハルの口元に苦笑が浮かんだ。接近してくる車にやっと気付いた二人が上体を起こす。驚愕で目が大きく見開かれている。両手で乳房を隠した女の横で、男が立ち上がった。チョコレート色のしなやかな裸身だ。股間で屹立したペニスが反り返っている。外国人だった。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
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