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2.ワサビ田(8)

「確か四年生頃までは、仲のよい女の子がいましたよね。一年下で、よく進太ちゃんになついていた。不思議ですね、まるで振り捨てるように付き合わなくなりました。あれ以降進太ちゃんは孤高の人になってしまった」
臼田が嘆くように言葉を落としてから、慌てて口をつぐんだ。秋山が無神経に反応する。
「ああ、去年殺された六年生の少女ね。市でも高校のラグビー部が疑われて大変な騒ぎでしたよ。進太君も幼いころに補導歴があったから大変だったでしょう」
言葉の後に冷たい沈黙が落ちた。動揺した秋山が口を開き掛けて視線を泳がす。Mの脳裏に確信が浮かんだ。じっと秋山の目を見つめて口を開く。

「学校では、進太を犯人扱いして虐めているんでしょう。違いますか」
思いの外鋭い口調になった。秋山の両肩がすくみ、全身が緊張する。逃れられないと思ったのか、小さくうなずいてから首を左右に振った。
「陰に隠れて噂する者は確かにいます。でも、あくまでも進太君がいないときですよ」
「進太が気付かないわけがないでしょう。まるで登校するなと言っているようなものです。保護者としても行かせたくない」
断言すると、秋山の顔が蒼白になった。事件にまつわる卑猥な噂を、教え子の進太に絡めて、男同士で楽しむ姿がMには見えるようだ。性が介入したとき、聖人君子でいられる男はいない。

「Mさん、私たちは進太ちゃんに、どうしても前に出てきてもらいたいんです」
臼田がたまらず口を挟んだ。Mは視線を代え、臼田を見据えて先を促す。
「勉強ができすぎる子が妬まれるのは事実です。エスカレートすれば虐められます。でも、勉強ができるという事実はもっと重んじられるべきだと思います。本人も自信を持つべきでしょう。けれど進太ちゃんは、勉強ができることを恥じているように見えます。あれは照れてるんじゃないわ。できれば悪い成績を取りたいのだけれど、家族や自分自身のプライドに負けてそれもできない。だったら、勉強ができることが級友のためになるということを理解すればいい。秋山先生は進太ちゃんに補習の講師をお願いしたいそうです。始めは勉強の遅れている女の子を三人ほど指導してもらい、うまくいったら男の子も参加させる。進太ちゃんも自信を持ってクラスに溶け込めると思いますわ」

熱弁だったが、あまりの調子良さがMの気に障った。勉強の遅れた子供を引き上げるのは教師の仕事のはずだ。それを進太にやらせることでクラスに溶け込ませるという。一石二鳥を絵に描いたような姑息な手だてとしか思えない。しかし、Mに代案はなかった。思いに反して気弱な声が口を突く。
「どちらかというと、進太は女の子に好かれるんじゃないですか」
「それは好かれますよ。勉強ができて容姿がいい。性格も穏和だから、女の子はみんな憎からず思っている。男子生徒が虐めるから関わりを持ちたくないだけです。だからきっとうまくいきますよ」
即答した秋山が胸を張った。だが、Mの推論は秋山と逆だ。この上進太が女にもて始めれば、陰湿な虐めは暴力にエスカレートするだろう。Mは暗澹とした気持ちで目をつむった。

「あっ、進太ちゃんだわ」
うつむいていた臼田が陽気な声で言って、顔を上げた。閉め切った窓から小さくバイクのエンジン音が聞こえ、瞬く間に大きく響き渡る。進太が帰ってきたに違いなかった。人に目立たない蔵屋敷の周辺で、進太がナンバーの無い50ccのバイクを乗り回していることは誰もが知っていた。だが、みんな知らない振りをしている。目をしかめるのは歯科医だけだった。それも自損事故を心配しているに過ぎない。バイクを買い与えたMにさえ異常に思われる。目の前にいる二人の教師もバイクについては何も言わない。裏庭を走り回っているに過ぎないと判断しているようだ。自動車の車庫証明も要らない山地ならではの習俗だった。

「M、ただいま。でも、チハルと市に出掛けるから昼食は要らないよ」
叫びながら部屋に駆け込んできた進太が二人の教師を認めた。照れくさそうに歩みを変え、ゆっくりMの横に立った。
「先生、いらっしゃい。どうぞごゆっくり、僕は出掛けます」
先ほどと打って代わった、大人びた声で挨拶した。秋山の顔に苦笑が浮かび、馴れ馴れしい口調で呼び掛ける。
「進太、明後日の始業式には出るんだろう」
「はい」
「それから、先生からお願いがあるんだ。Mさんには話したんだけど、二学期から広子と明美、玲子の三人の勉強を見てやって欲しいんだ。三人とも了承している。なあ、頼むよ」
「お断りします。僕は忙しいし、毎日登校しないかも知れない。急ぐので失礼します」
にべもなく答えた進太は急ぎ足で玄関に向かった。
「進太ちゃん」
臼田が大声で呼び掛けて席を立った。足をもつれさせて玄関まで後を追ったが、いち早くエンジン音が響いた。いつも態度を鮮明にするよう仕付けてきたMに言えることはなかった。進太の態度は明確で水際立っていた。
「誠意を持って頼めばいつか分かってくれます。私は諦めません」
戻ってきた臼田が誰にともなく言った。秋山がまぶしそうな目で臼田を見つめる。
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Author:アカマル
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官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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