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4.監禁(2)

「さあ、ギアをリバースに入れて脱出しなさい。どうして先生は監禁なんて言ったのよ」
脱出と監禁という言葉を投げてやると、進太はすぐ飛び付いてきた。シフトチェンジもせずにチハルの横顔を見た。頬が赤くなっているのが分かる。
「虐めだよ。でも、僕じゃない。クラスの女の子が体育館の準備室に監禁されたんだ。いつもの悪ふざけさ。きれいでおとなしい子は男子の悪仲間に狙い打ちにされるんだ。その日も女子が準備室で着替えをしていたときに数人が乱入して、逃げ遅れたその子の体育着を奪って戸を閉めてしまったんだ。かわいそうに女の子は上半身裸だった。準備室の隅に後ろ向きでうずくまった姿を、のぞき窓から男子たちが代わる代わるのぞくんだ。あいにく次の時限が自習だったから、パンツ一枚の女の子は一時間も監禁されていた。僕は先生に通報しなかったといって、小学校のキヨミ先生にまで叱られた。虐められた子は、先生たちが僕に勉強を見させたがっていた子の一人だ。早く勉強を見てやらないから虐められるんだと言って、暴力の卑屈さを説教したよ。知識を磨かないから暴力に屈するんだってさ。監禁に負けなかったMは偉いんだって。僕には関係ない。迷惑だよ。チハルもそう思わないかい」

「進太も、その女の子をのぞき見したのかい」
「いや、しないよ。するわけがない」
ムキになって進太が答えた。思わずチハルが笑い出す。
「そう、本当は裸で監禁された女が見たかったんだろう」
チハルの言葉で進太の顔が真っ赤に染まった。頬を膨らませて口を突き出す。
「女の裸なんて興味ないよ」
即座に答えた声は、すっかり変声した低い男の声だった。
「へー、そうなの。でも、監禁された女には興味があるんだ。暴力に屈して素っ裸で縛られていたりしたら、それこそ最高なのと違う」
意地悪く言って、ハンドルを握り締めて怖い顔をしている進太の股間に手を伸ばした。気配を察し、進太が飛び上がるように手を避けたが、チハルの指先に、硬く勃起したペニスが触れた。

「いいわよ。築三百年の屋敷に一緒に行こう。Mの事件も図書館で調べてやる」
チハルが言うと進太がうなずき、やっとゲレンデヴァーゲンをバックさせて車体を立て直した。どうやら、進太は性の迷路に踏み出したらしかった。Mとよく似た興味のありようが、チハルには面白くてならなかった。来週の日曜日に、一緒に屋敷を訪れる約束をした。だが、進太は実力テストがあるので午後三時に現地で合流するという。チハルには、休日のテストを律儀に受ける進太が不思議でならない。不登校を気にする気配もない進太も、テストには目がなかった。必ず一番になる成績が内心自慢でならないのだろうと思う。屈折したプライドがかわいくてならない。進太も、微妙な心理の襞を理解してくれるチハルがうれしい。最高の友達だと思った。しかし何よりも、意識できない暴力への憧れが、進太をチハルに引き寄せていた。

市立図書館で調べた、地方新聞のバックナンバーの記事をチハルは面白く読んだ。二十六年前の築三百年の屋敷に住んでいたのはカメラマンの男と、精神障害者の妻だ。記事によると、中年のカメラマンはMと精神障害者の少女を屋敷に監禁したあげく、性的に虐待したらしい。三人で繰り広げた性の饗宴の最中に男が少女を殺した。その死体を遺棄しようとしてMと一緒に出掛けた日本海で、男は断崖から海に身を投げて自殺したという。警察に自首したMは死体遺棄の罪で刑を宣告されたが、執行を猶予された。それが事件のあらましだった。だが、今のチハルには簡単に過誤を見付けることができた。少なくとも、Mは監禁されていたはずがないと確信した。Mは自ら望んで異常な環境に身を置いたはずだった。それが、これまでのMの生き方の出発点になったに違いなかった。築三百年の屋敷を、ぜひ見てみたいとチハルは思った。


チハルは草の中に屈み込んで、崩れ落ちた母屋の隙間からマグライトの光を当てた。だが、ぽっかりと空いた土壁の隙間の先は、白茶けた泥と黒い建材の残骸で埋まっていた。性の饗宴を忍ぶよすがなどどこにもない。かび臭い匂いだけが鼻孔に残った。仕方なく母屋の裏に回る。大地にしりもちをついた巨大な茅葺き屋根が日を遮っているためか、裏庭の草は丈が低い。広大な敷地にかろうじて残った二棟の土蔵は、すぐ裏手に迫ったクヌギ林に呑み込まれそうに見えた。右手の土蔵の陰に、石で築いた湧水の洗い場があり、中央の窪みから清澄な水が湧き出ていた。土蔵の分厚い扉には錠が下りていない。一段高くなった石の台に乗り、チハルは力いっぱい扉を引いた。扉はビクともしない。諦めて左手の土蔵に回り、同じように扉を引く。今度は手応えがあった。鈍いきしみ音を立て、土の扉が手前に開いた。埃の匂いのする乾いた空気が流れ出てチハルの裸身を覆った。土蔵の中は十畳ほどの板の間の空間だった。中央に立った太い柱が天井の梁を支えている。古びた堅牢な造りだが、天井は低い。文庫にでも使われていたらしく、四隅に棚があり、窓はなかった。中に入ってマグライトで空間を照らし出す。収納物らしき物は何もなかったが、東側の床に木製の椅子とテーブルが置いてあった。テーブルの上には、バケツと長い柄付きのモップが載せてある。だが、どう見ても最近使われた形跡はない。チハルの口元に笑いが浮かんだ。博子を監禁する場所が簡単に見付かったのだ。ひょっとすると昔、この太い柱に素っ裸のMが縛り付けられたかも知れないと想像したら、おかしさが込み上げてきた。開け放たれた扉から、遠くエンジン音が聞こえた。かん高い、耳に障る響きだ。進太のバイクに違いなかった。チハルはマグライトを消して、まぶしい戸外に出た。
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Author:アカマル
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官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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