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2.ワサビ田(6)

Mは溜息をついて立ち上がった。その場で無造作に作業服を脱ぎ捨てる。もう一度玄関前の控えの間に出て階段を上れば、蔵屋敷を改造して造った二階の寝室に行けた。北向きにM、東向きに進太のそれぞれ八畳の寝室がある。だが、その場で済ますことができることは済ますのがMのやり方だ。わざわざ二階の寝室までバスローブを取りに行く必要はないと思う。構わず作業ズボンを脱ぎ捨てて全裸になった。汗の匂いが鼻を突く。足元に散らばった衣服を拾おうと腰を屈めると、入口の横に置いた姿見に映った裸身が見えた。プロポーションがきれいな豊かな裸身だった。思わず横を向いて鏡に見入る。こんもり盛り上がった尻が少し下がったような気がする。乳房もやはり、と思ってみてから首を振った。とにかくもう五十二歳なのだ。自分で想像していたより美しい裸身ならそれでよい。小さくうなずいた拍子に股間を見ると、漆黒の陰毛の中で光るものがあった。右手で掻き分けると、白い毛が一本混じっている。股間を開き、尻を突き出して抜こうとしたが、視力が落ちてよく摘めない。焦ったあげく床に尻を落とし、胡座をかいて慎重に抜き取る。指先に残った銀色のちぢれ毛を見ると無性に笑いが込み上げてきた。滑稽な姿が情けなくなる。だが、これが当面のプライドを守ることなら、何回でも続けようと思い直す。決して老いを嫌悪するわけではない。自分のイメージした目標値を守りきることが、老いを受容することだ。Mはクーラーのスイッチを入れ、バスルームに向かった。ドアを閉めてから、脱ぎ捨てた作業服を持ってくるのを忘れたことを思い出した。蔵屋敷を乱雑にする元凶は自分かもしれないと、確かな疑いが浮かんだ。

熱めのシャワーを浴び終わり、冷水に代えた途端にインターホンのベルが鳴った。土曜日なので祐子が来たのかと思ったが、ベルは鳴り続けている。玄関の錠は開いているので祐子なら上がってくる。ベルの音もどことなく遠慮がちに聞こえる。だが、家人が出て来るまで続けるいう、断固とした意志が込められているかのように断続して鳴っている。Mは仕方なくシャワーを止め、洗濯場と兼用の洗面室に出てバスタオルを捜した。だが、どの引き戸を開けても見付からない。たった一枚残ったバスタオルが、水を張った全自動洗濯機の中に沈んでいた。洗濯をサボっているMへの当てつけに進太がやったに違いない。怒りが込み上げたが、子供に洗濯さえ命じてこなかった仕付けを恥じるしかない。自分が嫌いな仕事を進太にさせるわけにはいかないと、確信してきた愚かしさを呪うしかなかった。仕方なく洗面用のタオルで長い髪を拭きながらリビングに出て、インターホンの受話器を取った。

「お仕事中の所を申し訳ありません。小学校で進太ちゃんの担任をしていた臼田です。今年から中学校で担任をしている秋山先生と一緒に来ました。二学期からのことでMさんにご相談したいことがあるんですが」
抑制したソプラノが耳に飛び込んできた。臼田清美の姿が脳裏に浮かぶ。進太が小学校四年生の時に、新卒で担任になった教師だった。まだ少女のように新鮮で熱心だった姿が、Mに好感を残している。級友に同化できない進太の個性も認めてくれ、何かと庇ってくれた思い出もある。一方の秋山とは五月の二者面談で一度会ったきりだ。取り立てた印象のない二十代後半の青年だ。山地勤務になったことを悔いているような雰囲気が感じられて不快だった。しかし、会わないわけにはいかない。帰す理由もなかった。入ってくるように伝えようとして、すんでの所で口をつぐむ。まさか、素っ裸で会うわけにはいかない。足元に脱ぎ捨てた作業服を見たが、再び着る気にはなれない。惨めな気持ちで進太の担任に会いたくなかった。

「すみませんが、二分間ほど庭木をご覧になっていてください。すぐお迎えにいきます」
一方的に答えて受話器を置いた。一呼吸おいてから小さなタオルで身体を拭う。二階には控えの間を通らなければ行けない。玄関のガラス張りの自動ドアから、控えの間は丸見えだ。Mは慎重に間合いを取り、二人が庭へ歩き始めた頃合いを見計らってリビングを出た。素早く階段に向かう曲がり鼻で玄関を見る。大きなガラスドア越しに臼田の後ろ姿と、玄関をのぞき込んでいる秋山が見えた。秋山の目が大きく見開かれる。Mの頬が赤く染まる。急いで急な階段を駆け上った。左右に揺れる剥き出しの尻を見つめられているようで、全身が火照った。寝室に飛び込み、起き抜けのままになっているベッドからタオルケットを取って全身を拭く。髪を拭きながらクローゼットを開け、紺色のワンピースを出した。麻と絹を使って織り上げた、祐子手製の布地で造ったノースリーブだ。素早く頭からワンピースを被り、両手を背中に回してファスナーを上げた。まだ十分柔軟な身体がうれしくなる。ドレッサーの前に立ってゲランの口紅を引いた。青白かった顔が一瞬に引き立つ。もうこれで五分は過ぎてしまった。
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Author:アカマル
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官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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