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3.拉致(5)

日曜日の夜のダウンタウンは思ったより交通量が少ない。歩道を歩く人影も疎らだった。夕方見たバーの前に、ロードスターを破壊した黒いハーフトラックが止まっている。やはり目星をつけたとおり、二人は店の常連だったのだ。チハルはスピードを落として通り過ぎながら、身を乗り出すようにしてガラス窓の中の店内をのぞいた。カウンターの中央に陣取ってビールを飲んでいる二人組が見えた。大男はスツールを回して通りの方を見ていた。一瞬目が合ったような気がしたが、すぐ通り過ぎてしまった。別に恐怖は感じなかった。膝に置いたレミントンを握り締めてUターンする場所を捜す。歩道を歩く人たちが目を丸くして運転席の裸身を見上げた。広くなった路上でハンドルを限界まで切って回転する。そのままアクセルを目一杯踏み込んで直進し、凄いスピードでハーフトラックに突っ込む。激突音が響き渡ったが、予想していた衝撃はない。さすがに装甲車並の車体だった。ゲレンデヴァーゲンのフロントはハーフトラックの荷台に半分乗り上げている。トラックの荷台は無惨に潰れ、リヤタイヤが外れていた。これで二人は逃げることができない。チハルは素早くドアを開けて路上に飛び降り、レミントンを下げてバーの入口に向かった。バーのドアが開き、血相を変えた二人が飛び出してきた。大男が憎しみに満ちた目を見開き、チハルの裸身を睨み付けた。

「またペニスを突っ込まれて泣きたくなったかい」
低い声が響き、大男の右手でナイフが光った。ボギーを殺したコルトパイソンはハーフトラックの中に隠したらしい。後ろに続いた貧相な男もナイフを抜いた。
「よう淫売、何とか言ったらどうだい。いつまでも素っ裸でいると風紀係のお巡りさんがパクリに来るぞ」
右手に下げたレミントンを認めた大男が、大声でチハルを挑発した。何とか隙をつくろうとしているのだ。チハルは黙ったままレミントンの銃口を上げ、銃を腰だめに構えた。大男の表情が蒼白になり、ナイフを持った右手を高々と振りかぶって口を開こうとした。

「命乞いは聞かない」
厳しく言ったチハルが引き金を引いた。

ズガーン

静まり返ったダウンタウンに銃声がこだまし、腹に散弾を受けた大男の巨体が後ろに飛んだ。チハルはなおも引き金を引く。路上に倒れ伏した二人の黒人の身体に七発の散弾を見舞った。転がった死体が見る間にずたずたになる。飛び散った血と肉片がチハルの裸身を汚し続けた。チハルの凄惨な顔に笑いが浮かんでいる。足元に青い蛍光塗料を塗った薬夾が七つ転がっていた。

チハルは殺人罪で逮捕されたが、結局正当防衛で無罪になった。陪審員が事件を一連のものと認めたからだ。アメリカならではの判決だった。逆にチハルは恋人の敵討ちをした英雄になってしまった。犯人が白人なら事情が違っただろうと思わないではなかったが、チハルはやるべきことをやったと確信した。しかし、コスモス・アメリカはその日のうちに退社した。チハルはアメリカの女性ではない。二人を殺した後では日本の会社には居られなかった。アメリカ人の勧めるとおり、二か月間を神経科の病棟で過ごしてからチハルは日本に帰国した。去年の夏の終わりのことだった。


チハルはレミントンM1100を手に持ったまま、忍山沢の流れに降り立った。冷たい水がジャングルブーツの履き口から染み込む。岩場に座り込んでいる全裸の女を一瞥してから男の死体を見下ろした。渓流には死体を押し流す力はなかった。男は撃ち倒された姿勢のまま流水に洗われていた。素っ裸の腹に三発の散弾を至近距離から撃ち込まれた死体は、とても正視できない有様だった。かろうじて砕かれなかった背骨が、二つになった身体を一つに繋ぎ止めている。褐色の肌を被った肉塊を絶え間なく流水が洗っていた。ぐしゃぐしゃになった肉の断面から、絶え間なく血が流れ出し、赤い水脈になって流れ去る。まるで水面が紅葉したようだ。赤い流れの中で揺れる白い内蔵が彩りに陰惨な色を添えている。無表情に死体を見下ろすチハルには、これといった感慨は湧かなかった。悔いもない。ただ、死体と残された女の処理が煩わしかった。死体を放置することはできないとチハルは思う。もちろん警察に通報する気もなかった。人を殺し慣れたのかなと、ふと思って苦笑を浮かべる。肩を揺すって空を見上げると、真っ青な秋空が広がっていた。生きている煩わしさが空しく映っている。チハルが肌を合わせた男はもう、生きてはいない。何となく死が親しいものに感じられた。荒々しい暴力が静謐な死を運んでくれるのだと思った。

峻険な山稜に挟まれた谷筋を照らす日は、すでに正午を過ぎたことを教えていた。進太と待ち合わせた午後三時まで、二時間余りしかない。もっとも山系を挟んで隣り合わせた谷筋にある待ち合わせ場所へは、忍山沢を遡上して山越えをすれば三十分で着く。一時間半が死体の処理に残された時間だった。白いパジェロの始末も考えなければならない。林道を登り詰めた先の砂防ダムに、車もろとも死体を沈めるのが一番効率的だった。女の処理は後で考えればいい。まず、できることから始めるしかないと決断した。チハルは改めて岩場の上に座り込んだ女を見た。全裸の女は剥き出しの乳房を隠すのも忘れ、ほうけた顔で岩肌に尻を着けている。閉じた股間から流れ出した水脈が、日射しを一杯に浴びた黒い岩肌を濡らしている。男が射殺された恐怖で失禁したに違いなかった。今も微かに全身が震えている。

「パジェロのキーを持って、こっちに来なさい」
チハルの呼び掛けで、女の顔に表情が戻った。細い目を大きく見開き、口を開けて驚きを示した。
「女なのね、信じられない。まさか、人殺しが女なんて、外国の兵隊かと思った」
かん高い声がチハルの神経に障った。恐怖の極限が去ったことで無能をさらけ出す。馬鹿みたいな女だ。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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