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14 登り窯(4)

走り出したくなる衝動を抑え、背筋を伸ばし、じっと立ち尽くしていた。
陶芸屋と緑化屋がそれぞれ、黒い布に包まれた産廃屋の頭と足を持って歩き出した。先頭を行く助役がランタンを掲げて足下を照らす。寂しい葬列がMの前を通り過ぎる。両の目から涙がこぼれた。
「一の間に入れるぞ、頭からだ」
陶芸屋の声が陰惨に聞こえてくる。
戻って来た三人が、赤い布に包まれたカンナを荷台から運び出した。
「あっ、観音様がご覧になっている。ありがたいことだ」
Mの姿に気付いた助役がランタンを上げて厳かな声で言った。
アトリエの影にたたずむMの姿を三人の男が見た。全身無毛の真っ白な裸身が微動だにせず、ひっそりとたたずんでいる。全員の目が救いを求めて観音を見た。三人揃ってMに頭を垂れる。
答礼もせず、ただじっと、大きく瞳を見開いたMの裸身の前を、カンナを運ぶ短すぎる葬列が行く。

「二の間に入れる」
陶芸屋の声が響いた後、出入り口を塞ぐ耐火煉瓦を積む乾いた音が続いた。
煉瓦の上に厚く粘土を張り終えた陶芸屋が、焚き口の前に戻って来た。
屈み込んだ手元がぱっと明るくなり、燃えた小枝が焚き口の中に消えた。続けて何本も小枝が投げ入れられ、焚き口全体に赤い炎が揺らめきだした。しばらくすると、焚き口の上の左右に二つ穿たれた覗き穴から、真っ赤な炎が揺らめき立った。まるで、怒りに燃え上がる両眼のように見える。
すかさず陶芸屋が屈み込んだまま移動し、焚き口の左右に空いた穴から太い薪を投げ入れる。怒りに燃えた芋虫の両眼から、ひときわ高く炎が上がった。

「燃え始めましたね。三昼夜、燃え続けるのです」
Mの横に並んで立った助役が静かな声で言った。
「ええ、見えていますわ、助役さん」
「何が見えるのです」
「あの人たちが救いを求めている姿が見えます」
「そんなことはない。自然に還るのです」
きっぱりと言った助役が背を向けて、車の方に歩いていく。紺のスーツを着てきちんとネクタイまで締めていた。やがて、軽トラックの高いエンジン音が去って行った。
目の前の登り窯では、焚き口と覗き穴から吹き出す真っ赤な炎を浴びた陶芸屋と緑化屋が、交互に太い薪を窯の中に投げ込んでいる。


焚き口から延びる炎は、二昼夜に渡って登り窯の各室を這い上がった。
三日目の夜明け前からは村木も参加して攻め焚きが始まった。各室の出入り口を封鎖した耐火煉瓦の上部に空いた穴から薪を投げ入れ、一室ごとに高温で焼き上げるのだ。
覗き穴からのぞき、炎の状態を確認した陶芸屋の指示で一の間から始める。
アーチ型の出入り口の上に空いた左右の穴から、続けて投げ込まれる小振りの薪が激しく燃焼する。強烈な勢いで覗き穴から吹き出す炎が、真っ白な糸のように輝いて見える。
窯の温度は軽く千度を超えたはずだ。
間断なく薪をくべ、様子を見、陶芸屋の指示で焚き口を耐火煉瓦で封鎖してから二の間に向かう。

すべてが終わったのは四日目の午後だった。男たちは三人とも熱で炙られ続け、声も出ない状態になっている。ふらつきながら、すべての焚き口と覗き穴を封鎖して、その場に長々と横になった。後は窯出しまでの一昼夜、窯を冷やすだけだった。

14 登り窯(3)

「小役人。二日間よく働いたな。これで助役が町長になれば観光課長間違いなしだ」
夕闇の迫った登り窯の前で陶芸屋が村木をからかう。
「先輩はひどいことを言いますね。僕はそんな下心なんかないですよ」
「下心のないやつが、夏休みまでとって重労働をするはずがない。しかし、まあいい、お陰で一日早く窯詰めが終わった。もっとも、作品の数が少ないから四の間は空いたままだ。効率が悪いけど仕方がない。小役人はこれで帰って、明後日の夜明け前に来てくれ。攻め焚きで忙しくなるから絶対来いよ」
「分かりましたよ。人使いが荒いんだから。もうくたくたですよ。先に帰らせてもらいますね」
疲れ切った足取りで帰る村木の背に、陶芸屋の冷やかしが飛んだ。
「課長になったときのことを考えて、堂々と歩け」

陶芸屋と緑化屋は焚き口の前に座り込んだ。
「今夜から焚き始めるのか」
「うん、さっき助役に電話を入れた。十一時には来るそうだ。火を入れるのは一時ころになりそうだな。どっちみち夜やるしかないんだからな」
「そうだな、作品はうまくいきそうか」
「分からない。できるだけのことはやった。陶芸は火の芸術と呼ばれるくらい窯焼きが大事だ。素人と一緒に焼くのは初めてだから、作品は分散して窯詰めした。できれば、力を入れた大皿だけでも何とかしたい。でも、俺の窯が火葬場になるなんて思っても見なかった」

「陶芸の道に反しないのか」
つまらないことを聞いたと緑化屋は思ったが、気にした風もなく陶芸屋が答える。
「陶芸の道より人の道が大事だ。その人の道に外れたことをしようというのだ。陶芸など、とうに吹っ飛んでしまっているよ。後はいっそのこと、焼き上がった作品に魔が乗り移ってくれればいいと思うだけさ」
陰鬱な顔で言った陶芸屋が立ち上がり、焚き口の前を竹箒で掃き始めた。
「いつもは、しめ縄を張り、御神酒で清めるのだが、今度はそうもいくまい」
寂しそうな言葉が洩れた。しかし、もう選び取ってしまった道だ。緑化屋も立ち上がり、自分の車の方に向かった。
「十一時に来る」
振り返って、腰を屈めて箒を使う陶芸屋に声をかけた。
「ああ」
下を向いて答えた陶芸屋の顔の横で、登り窯に添って植えた向日葵の大輪の花が黄金色に輝いていた。


真夜中に出て行った車のエンジン音が三十分後に戻って来た。
Mはベッドから下りて、窓から外を見下ろす。外灯の下に装甲車のような四輪駆動のトラックが止まっている。左右のドアが開き、陶芸屋と緑化屋、助役の三人が降り立つ。
Mは足音を立てぬようにして階段を下り、裏口から裸足で外に出た。素っ裸の身体を、ねっとりした夜気が包む。車から三メートルほど離れた、張り出したアトリエの壁の陰にたたずむ。
空を見上げると月はなく、中天に大きく銀河が流れていた。

男たちがトラックの荷台の蓋を下ろす物音が響いた。荷台に目をやると、赤と黒の布に包まれた二つの遺体が横たわっている。布はMと町医者の奥さんで用意し、男たちに持たせたものだ。外灯の青い光の中でも赤と黒のコントラストが鮮やかだった。
カンナと産廃屋の死装束に相応しい色合いだとMは思った。赤と黒を配した旗は、絶対自由を求めて戦ったスペインのアナキストたちのシンボルだった。自らの責任と人格だけを頼りに戦って死んだ二人に、ぴったりの配色だ。それにしても私は今、何をしているのだろうとMは思ってしまう。

14 登り窯(2)

通洞坑の闇の中で、現実とは思えない冷気が、緑化屋の爪先から身体の奥へと上がって来ていた。
子供たち三人は、チェロと町医者の奥さんが外に連れ出していた。
目の下に横たわる二つの死体の前に残っているのは、緑化屋と陶芸屋、M、そして助役の四人だった。

「Mさんがしようとしたように、私も警察に通報すべきだと思う」
冷静な口調で言えたと緑化屋は思った。考えた末の結論だった。
二つの死体の処置を巡って長い議論が続いていたのだ。
「緑化屋さん。官僚とも思えない意見だ。いいですか、あなたは官僚なのだから、先ず全体のことを考えなければならない」
諭すように助役が続ける。
「いくらMさんが一人で責任を取ろうとしても、そうはいかない。緑化屋さん、少しは娘の祐子さんのことを考えたらいい。祐子さんは、Mさんと一緒に産廃屋を殺したと思っているはずだ。ここにいた者は皆、そう思っている。また、陶芸屋さんと修太さんは、自分たちが向こう見ずに坑内に飛び込んだから事件が起きてしまったと思っている。Mさん一人が責任を取ったとしても、皆さんの心の傷は消えるどころか、時とともに益々大きくなっていくだろう。産廃処分場の問題はもはや、雲散霧消してしまっている。県知事は建設を認可しないことに決めたのだ。産廃屋たちがゼネコンに頼まれて来たのか、利権を漁りに来たのかは知らない。しかし、仕事に失敗したやくざ者が失踪したからといって、気に掛ける者などいるはずがない。つまり、この人たちの存在理由はなくなっているのだ。今更葬式を出してやって、名残を惜しむ必要などない」

「しかし、助役さん。死体が残っている」
子供たちの気持ちを考え、暗い気分に落ち込んでしまった陶芸屋が困惑した顔で言った。
「そう、死体が残っている。そこでだ。陶芸屋さん、あなたの所には千三百度にも温度が上がる登り窯があるそうだ。三日三晩焚き続けるという。その窯ですぐ、焼き物をお焼きなさい。ついでに、この二人にも付き合ってもらう。跡形も残らないだろう」
「そんな無茶な」
陶芸屋が叫んだ。

「そうかな。今私たちは、法的にいえば些細なことで悩んでいる。Mさんと祐子さんが正当防衛か緊急避難で人を殺したこと。そして、Mさんが人を安楽死させたことだ。これは自殺幇助に当たるだろう。今度は、私を含めた残りの者が死体遺棄をしようというのだ。それぞれが今回の事件の責任を分担することが、そんなに無茶なことだろうか。先ず子供たちのことを考えるべきだ」
反論できる者は誰もいなかった。関係者ではない助役が手を汚そうというのだ。

登り窯を持つ陶芸屋がうなだれたまま首を縦に振った。続いて官僚としての緑化屋がうなずいた。
黙ったまま背を向けて、Mが坑道の入り口へと向かった。裸身に巻いた白いバスタオルが陶芸屋と緑化屋の目にまぶしく映った。

14 登り窯(1)

陶芸屋は急に忙しくなった。予定していた窯焼きが一か月以上早くなってしまったからだ。
今日も朝早くから倉庫と登り窯の間を激しく行き来して、窯詰めの支度をしている。夏休みをとって手伝いに来た緑化屋と村木の姿も見える。

Mが私室に使っているログハウスの屋根裏部屋から、汗にまみれて立ち働く三人の姿が見下ろせた。
屋根裏部屋の窓は北の山に向かって開いている。山の斜面を這う登り窯を被ったトタン屋根も見えた。屋根の下には、山を下る巨大な芋虫のような怪異な姿で、登り窯が横たわっているはずだった。窯の回りには芋虫の餌となる松材の薪が、うずたかく積まれている。

倉庫と窯の間を数往復した緑化屋が窯の前まで行き、大きく伸びをした。単調な作業にうんざりしてしまったようだ。
緑化屋は目の前に横たわる芋虫にじっと目をやった。見れば見るほど奇怪な窯だと思う。
登り窯の長さは10メートルはあった。幅が2・5メートルほどで、高さも2メートルはある。焚き口と後ろに立った煙突部分との標高差が5メートルはあった。

耐火煉瓦を積み重ねた上を粘土で厚く被い、全体が滑らかな曲線で形作られている。焚き口の大きな半球型の上に同じ様な瘤が四つ続いて見える。その様がちょうど、山を這い下って来る芋虫に見えるのだった。
目の前にぽっかりと空いたアーチ状の焚き口は芋虫の口だ。そしてまるで目のように、左右に覗き穴が開いている。
焚き口のある半球が火袋。その後ろの瘤がそれぞれ一の間、二の間、三の間、四の間と呼ばれる窯室で、連続して続いている。各室ごとに左側の壁にアーチ状の出入り口があった。

「すぐ、窯詰めにかかろう。今夜のうちに炙り焚きが始められる。三昼夜焚き続けるんだ。応援の仲間を呼べないから、あんたと村木に戦力になってもらう。しかし、事情の知らない村木は初めは使えない。あんただけが頼りだ。辛い仕事になるが頑張ってくれ」
いつの間にか緑化屋の横に並んだ陶芸屋が、思い詰めた口調で告げた。
「まさか、陶芸屋の助手になるとは思わなかった」
「一口に、焼き物というくらいだ。この三日が勝負になる。頼んだぞ」
力無い緑化屋の言葉に、いつになく真剣な顔で応えた陶芸屋が、一の間の方に向かった。窯詰めを始めるらしい。商売とはいえ、大変なエネルギーだ。

「Mっ、手伝ってくれよ」
陶芸屋の大声と同時に、ログハウスの二階で窓の閉じられる音が響いた。窓辺にいたMが窓を閉めてしまったらしかった。
Mは手伝いはしまい、と緑化屋は思う。二日前の通洞坑の闇の中で、珍しくMは自分の意見を主張しなかった。祐子のことを思い惑ったのだと緑化屋は思う。
元山沢を出る日が近付いた予感がした。

幸いこの二年間、祐子に喘息の発作はなかった。しかし、心の傷は一層深まったはずだ。中学校に進学するのを機に、少なくとも下流の市には転出したかった。道子を呼んで、親子三人で暮らそうと思う。市まで出れば都会へも通える。現場で埋もれてしまうのはもう耐えられなかった。

今年政務次官になった代議士の顔が目に浮かんだ。緑化屋が中央官庁にいたとき、結構気の合った族議員の一人だった。帰任を頼む手紙を書こうと思った。別に恥ずかしいことではない。この町の助役がいうように、私は官僚の一人なのだと緑化屋は思った。
二日前に通洞坑で、助役の言った言葉が耳に甦ってくる。

13 通坑道-3-(6)

喧噪を背に、Mはぼつんと点る入り口の明かりに向けて歩いて行った。
鉄の潜り戸を出ると、まぶしい夏の光と熱気が裸身を包み込んだ。
日は山の端に隠れていたが、渓谷の先には真っ青な空が広がっていた。湿った熱気が冷えた肌に心地よく、思い切り吸い込む外気には木々の香りがした。
この美味しい大気を二度と吸うこともなく、暗い坑道の中で死に果てたカンナのことを思うとまた涙が出た。カンナが最期に吸った股間がしくしくと痛んだような気がした。

Mは警察の番号をダイヤルしようと、感度の良さそうな場所を捜した。
渓谷を見下ろす鉄橋の上に行こうとしたとき、カーブを曲がって姿を現した白いスバル・サンバーがベンツの前に止まった。ドアが開き、紺のスーツの助役と作業服の緑化屋が降り立つ。
どうやら、オールキャストが勢揃いするようだった。
赤錆びた鉄橋を身軽な動作で渡ってMの前に立った助役は、素っ裸で無毛の頭部を晒した異様な姿にも驚いた顔一つ見せない。後に続く緑化屋が、大きく口を開いて驚きの声を呑み込んだ。

「Mさん。今日は特別にお美しい。まるで仏様のようだ」
助役が感動した声で言った。
「ええ助役さん、きっと私が殺した人の美しさまで乗り移っているのでしょう」
「そうですか。そうかも知れませんね。ところで、どこに電話をしようというのです」
眉一つ動かさずに静かな声で尋ねた。
「人を殺したのですから、警察を呼ぶつもりです」
「Mさん。何をうろたえているのですか。うろたえる必要などない。私が来たのです」
「別にうろたえてなどいません。人を殺したのだから、当然するべきことをするのです」
「共に生きる人のために、人は人を殺すものです。昔からそうでした。驚くほどのことではない。電話を私に渡しなさい」
「いやです。私は私のしたいようにします」
「Mさん。勘違いをしてしまっては困ります。もう、あなたは独りで生きているのではない。私もあなたと共に生きることになったのです。だから、私はここにこうしているのです。渡しなさい」

強い口調で言った助役が、Mの手から携帯電話を奪った。Mは抵抗できなかった。
産廃屋の足にしがみつく祐子と、銃声の轟く坑内に飛び込んで来た修太の姿が、目まぐるしい速さで脳裏に浮かんで消えた。
助役の言ったように、もはやこの町では、独りで生きられないのかもしれないと思ってしまう。

助役がその場で携帯電話を発信した。
「助役だ。土木課長を呼びなさい。課長、元山沢に通じる道路を入り口ですぐ封鎖しなさい。落石事故の恐れがある。厳重に封鎖するのです。これは助役命令です」
きびきびとした助役の命令を耳にしながら、Mはどっと疲れが湧いて出るのを感じた。
どっしりとした足取りで助役が通洞坑に向かう。後に続く緑化屋がMにバスタオルを手渡した。まるで、助役の秘書のように見える。
何か得体の知れない大きなものが、元山渓谷一体をじわじわと被い込む気配が感じられた。

「やはり死んだ者は損なのだ」と、安らかだったカンナの死に顔を思い出して、Mはそっとつぶやいた。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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