ピアニストは、決断を急ぐという理事長の言葉がMを奮い立たせたことを確信した。全力を挙げて、計画を阻止するに違いないと思う。三年前と同じだった。しかし今回は、社会改造によって新しい秩序を構築するという、壮大な夢の実現がかかっているのだ。Mの邪魔建ては、絶対に許さないと心に決めた。
珍しく微笑んで瞼を閉じた理事長に目をやってから、ピアニストは側に控える修太に小声で命じる。
「取り掛かってくれ」
うなずいた修太がさり気なくドアに進み、通路へ出て行った。
「ピアニスト、私は車椅子に移る。Mと会うんだ」
再び目を見開いた理事長が大声を出した。
ピアニストの口が小さく開き、声を発しないまま閉じた。もう、何を進言しても遅かった。行くところまで行かなければならない。
ピアニストは背筋を正し、小刻みに身体を震わせているチハルの肩を叩く。
「車椅子の用意をしてくれ。後十分でMが来る」
目的を与えられたチハルが、てきぱきと動き出す。
沈み込んでいた鋸屋根の下の空間に、ようやく活気が戻り始めた。
自動ドアのガラスの前に異様な風体で立ったMの姿を、広い通路の中央に立ったピアニストが、負けてなるかと一心に見つめる。背後の車寄せに、オープンにしたMG・Fが駐車してある。
Mの長い髪は洗いたてのように濡れて乱れている。身体にべっとりと張り付いたシルクニットのワンピースの肩先から白い湯気が上がり、裾からは水が滴っている。
雪の舞う山地から、みぞれの降る市街まで、Mはオープンのまま濡れながら運転してきたのだ。
自動ドアが大きく開き、玄関に通ったMの足元に水たまりが広がる。吐く息が白い。凍えて紫色になった唇から、満足そうな声が漏れる。
「中はずいぶん温かいのね。ホッとしたわ」
濡れネズミとなったMの前に立ちはだかったピアニストが、厳しい声で問い詰める。
「何て格好をしているんだ。車の幌が壊れたのか。そんなびしょ濡れの服では理事長に会わせられない」
ピアニストの言葉を聞いたMの口元に微笑が浮かんだ。凍えきった蒼白な顔の中で、大きく見開いた両目が妖艶に光る。
「もちろん、服を脱いで裸になります。それに車の幌も壊れていない。理事長の痛みの僅かでも、身を持って感じ取りたいと思っただけよ」
平然と言ってのけたMを改めて見たピアニストの口元に、やっと意地悪な笑いが浮かぶ。
「異常だとは思うが、Mらしいやり方だよ。通路を濡らしたくないから、ここで裸になってくれ」
「分かったわ」
大きくうなずいたMが、黒いワンピースのファスナーを下ろした。下には何も着けていない。短い裾を両手で握り、無造作に捲り上げる。
鳥肌が立って緊張した下半身がピアニストの前に現れた。びっしょり濡れた陰毛の先から白い湯気が立ち上った。しかし、濡れた服地がべっとりと素肌に張り付き、両袖が脱げない。胸から顔まで服地で隠し、剥き出しの股間を晒したユーモラスな格好のMが、頭に被ったワンピースの中からくぐもった声を上げる。
「ピアニスト、手伝ってよ」
前が見えずに、よろめきながら後ろを向いた。
ピアニストの目に前に、今度は豊かな尻が出現した。尻の割れ目を中心に、見事に張り切った肌の上で、無数の水滴が丸くなっている。
苦笑を浮かべたピアニストがMの両肩に手を伸ばし、ワンピースを強く引っ張る。面白いほど簡単に服が抜け落ち、ピアニストの手元に残った。
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