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5.過去から届いた薬(3)

「チーフも進太も、何がおもしろくて私を虐めるのよ。これ以上言ったら、もう許さないわ。確かに、私は無気力な生活をしている。Mがいなくなってしまって、織物だけが残された。斬新な作品を造る能力も情熱もない。もう、みんな嫌になってしまって、死にたくなっていることも事実よ。自閉症が再発しないことが悔しいくらい。でも、これは私一人の苦しみよ。あなたたちに、気安く介入して欲しくない。私の名誉を傷付けるのは大概にしてよ。私だって、Mみたいに生きたかった。自由が欲しかったわ。ただ、能力がなかっただけじゃない。私を軽蔑するのは構わないけど、同情は要らない。ちゃんと自分でけじめるわよ」
肩を震わせて祐子が叫びました。目に涙が溢れています。この場にMがいれば、深い悲しみを感じ、優しく祐子を抱き寄せてくれるのでしょう。しかし、Mはもういません。祐子の叫びと涙が虚しく宙に舞います。

祐子とチーフの暗黙の合意が、僕に発言を求めています。僕はMの代わりはできないし、黙ってこの場の雰囲気に耐える気力もありません。破局を覚悟で口を開きました。
「祐子、同じ死ぬなら、バイクみたいに希望の中で死ねよ。バイクとのセックスは、祐子にも希望を与えたんだろう。たとえ、二十年前の十四歳の身体でも、素っ裸になって後ろ手に縛られ、萎びたペニスをくわえて勃起させた喜びは忘れないはずだ。まして祐子は、バイクの甦った性を、進んで体内に迎えたんじゃないか。二人が一体になれた喜びと、目の前に開かれた希望は、どこに行ってしまったんだい。ナースが言っていたけれど、いまさら性を怖れるのはおかしいよ。Mに希望を求めるのは、お門違いなんじゃないか。いい加減で、昔の勇気を奮い起こせよ」
思いの丈を言ってしまうと胸がスッとしました。チーフが目を細めてうなずいています。しかし、突っ立って聞いていた祐子の肩は、怒りで震えています。身体をふらつかせて右足を上げ、床を激しく踏み鳴らしました。
「うるさい、セックスも知らない子供の説教は聞きたくない。私は自分でけじめると言ったでしょう。ちゃんと希望もあるんだ。チーフ、お水をちょうだい」
断言した祐子が、チーフに向かって手を伸ばしました。チーフが大きなグラスに氷を入れ、水を注いで手渡しました。ちょうどよい水入りです。
僕はホッとして、レモンスカッシュのグラスに手を伸ばしました。祐子が大きく息を吸い込んで、静かに吐き出します。酔いが遠ざかり、表情にも冷静さが戻ってきたようです。ジーンズの尻ポケットから白い封筒を取り出し、カウンターの上で逆さに振りました。赤と白の小さなカプセルが六錠転び出ました。赤が三つ、白が三つの同数です。凶々しい色合いでした。
祐子が赤いカプセルを素早く摘んで、口に入れます。グラスの水を含んで一気に嚥下しました。僕もチーフもあっけに取られて、祐子の仕草を見守りました。

「なんの薬なの、自閉症が再発しそうなの」
チーフが緊張した声で尋ねました。祐子は答えません。じっと目を閉じて何かを待っているような様子です。胃の中で溶ける薬の効力を待っているのでしょう。眉間に小さな皺を寄せています。苦痛と快楽がない交ぜになったような、不安定な表情です。
「まさか、祐子。毒薬じゃないでしょうね」
チーフが衝撃的な言葉を口にしました。恍惚とした表情を見逃さなかったのです。でも、祐子は黙り続けています。不気味な沈黙が立ちこめました。僕の不安が爆発する寸前で祐子が目を開き、緊張した肩をがっくりと落としました。
「希望が去っていったわ。チーフ、なぜ毒薬と分かったの」
今度は、祐子がぎょっとする言葉を口にしました。じっとチーフの目を見つめています。醒めかけた酔いが戻ってきたように、身体が揺れています。
「祐子が余りにも官能的な顔をしていたから、直感的に言葉がでたのよ。でも、よかった。毒薬じゃあなかったのね。間違っていて、本当によかった」
心底ほっとした声で、チーフが答えました。

「ハハハハッハハハ、当たりよ、大当たりよ。さすがにチーフだわ。残った五つのカプセルの中の一つは、本物の毒薬。今日は希望の女神が微笑まなかったけれど、後五日の辛抱よ。次も希望を持って挑めるわ。私は希望の中で死ねるのよ。ねえ、分かったでしょう。ハハッハッハハハ」
祐子が身を捩って笑い、酔いの回りきった声を振りまきました。笑いにむせて、屈み込んで嘔吐しました。酒の混ざった臭い胃液のにおいが立ちこめます。祐子の隙を突くようにして、僕はそっと立ち上がりました。屈み込んだ祐子の後ろに回り、素早くカウンターに手を伸ばします。散らばっていた五つのカプセルをかき集め、握り締めました。
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