ヒーターを入れた僕の部屋は、急速に温まっていく。
明かりはつけない。窓から射す青い月明かりが、部屋の中をぼんやりと照らし出している。窓際のカーペットの上で、月光を浴びた白い裸身が横座りになっている。
「明後日はもう都会に行くのね」
下を向いたままMが、妙にしんみりと口を切った。
「できれば、あなたに一緒に来てもらいたいと思っています。でも、異様な格好をしたあなたでは嫌だ。普通のあなた、当たり前のあなたと一緒に過ごしたい」
「今夜のことを言っているの。それは、だめみたいね。歯医者さんの執念のこもった肛門栓は、鍵がなければ抜けないのよ」
「そういう異様な言葉も、聞きたくないんです」
「ピアニストは、まだ大人の性が分からないのね。きっとナイーヴ過ぎるのかも知れない。悪いことではないけれど、もっと多くの事を知ることも大事よ」
「あなたは、僕の好みの官能を高めることも出来るはずです」
「そうね。今回は優先順位が違ったけれど、そういう事も考えられなくはなかったわね」
「僕と都会に行ってくれませんか。あなたなら都会でも十分生活できるし、僕もバイトをします。本当の官能の高まりを教えてください」
「官能は教えてもらって高まるわけじゃあないわ。自分で高めていくものなの。君の両親を見て見ればいいわ。誰が何と言ったって、自分たちの高まりの世界を離そうとはしなかったわ」
「どうしても、僕を愛してはくれないのですね」
「そういう問題じゃあないでしょう。私はピアニストを愛しているわ。でも、好みに合わない性を押し付けられるのはごめんなのよ」
「じゃあ、今夜はどうして訪ねて来てくれたんですか」
「だから、相談したいことがあるって言ったでしょう」
Mはまたしばらく沈黙した。背後から浴びた月光で滑らかな裸身が青く輝き、まるで夜光虫と遊ぶ人魚みたいだった。後ろ手錠に緊縛され、肛門栓を避けるように横座りに座る全裸のシルエットが、陰惨な現実を越えて、僕を優美な夢へと誘う。
「実は、君の両親が私を殺すことにしたのよ」
「えっ」と言ったまま、僕は絶句した。
「はははっはっはは、そんなことないですよ」
「本当にそう思う」
厳しい声が部屋中に響き、驚いて見つめたシルエットの中で、彼女の大きく見開いた目が一瞬赤く光った。
「ええ、多分、」と、口の中でもごもごと呟きながら、こんな真夜中に首輪に繋がれたロープを噛み切ってまでやって来た彼女と、日毎憔悴し、尖りきっていく両親の顔とを思い浮かべてみた。
ずいぶん長い時間考えてみたが、絶対に有り得ない事とは思えないような気になってしまった。
両親には申し訳なかったが、常軌を逸しすぎた、追い込まれた状況に身を置いてしまった二人が、短絡的に局面の打開を考える場合も有ると思ったのだ。
Mの言うように性には何だって有りなのだし、両親とMの間には性以外の関係はなかったのだから。
- 関連記事
-