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14 登り窯(5)

しばらく前から、夕暮れ近い窓越しに陶磁器の砕ける音が続いている。

「これも駄目だっ」
陶芸屋の悲痛な叫びとともに、また陶磁器の砕け散る音が響いた。
窯出しが始まったのだ。
陶芸屋の思う通りに焼けなかったらしいとMは思った。焼けてたまるかとさえ思ってしまう。
陶芸屋の叫びに混じって、大勢のざわめきが聞こえて来る。
「気を落とすな、次の室は大丈夫だ」
状況に相応しくない、上機嫌に聞こえる助役の励まし声が聞こえた。いや、前助役と言うべきかな、とMは思い直した。

昨夜訪ねてきた町医者の奥さんは、来月早々町長選挙になると興奮していた。
町長が町議会議長に辞表を提出し、受理されたという。
助役の指示で村木が産廃屋の事務所から持ち出した帳簿の中に、町長の収賄を裏付ける書類があったといううわさだった。その書類をもとに、助役が町長を責めたらしかった。弁明をしようにも産廃屋たちは何処にもいない。あの抜かりのない産廃屋が、もしものときの切り札に町長に突きつけるために残した証拠だった。町長に抗弁できる余地などなかった。警察沙汰にしないことと引き替えに町長が辞表を書いたらしい。

助役の機嫌がいいに決まっていた。恐らく無競争のまま無投票で当選するに違いなかった。
産廃屋たちのお陰で来春まで待たなくて済んだのだ。すべてを見通した上で、遺体の処理を急いだのかも知れなかった。
もう産廃処分場を巡る確執の痕跡は何もなかった。人は焼かれ、産廃屋の事務所も今日中にブルドーザーが踏みつぶすという。元々役場が壊す予定だったポンコツビルだ。住人がいない以上、異議を申し立てる者など誰もいない。すべてが助役の思い通りに運んだのだ。陶芸屋の作品など、どうなっても構わないのだろう。

「よしっ。その茶碗は使える。私が買おう」
楽しそうな助役の声が響き、誰かが拍手をした。きっと村木に違いないとMは思った。
黒のタンクトップに黒いジーンズを穿き、Mは姿見の前に立った。無毛の頭と眉のない顔が、まだ他人の顔のように見える。黒の野球帽を取って目深に被ってみたが、すぐ脱ぎ捨てた。カンナが最期にした仕事を、恥ずかしがって隠すことはないと思い直す。曲がったオレンジ色のサングラスを指先で延ばしてかけた。

「さあ、Mさんのお出ましといくか」
カンナの口癖をまねて明るい声で言ってみたが、情けなく涙が込み上げてきてしまった。
「これが泣き仕舞いだよ」
厳しい声で言って胸を張った。鏡の中で昔のMが甦ったような気配がした。


登り窯の横に全員が集合していた。三人の子供たちの姿も見える。
歩み寄るMを、いち早く見付けた修太が駆け寄ってきた。
「やあM。やっと格好良くなったね。ツルッパゲも似合って見えるよ」
「かわいそうだよ、てかてか頭って言いなよ」
光男も寄り添ってきた。
チェロの横に隠れていた祐子が顔を見せ、まぶしそうにMを見つめた。子供は皆、正直なものだと思う。やっと本来の自分に戻った気がした。
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