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14 登り窯(6)

「Mさん、おはよう。今頃起きたんですか。かわいそうに先輩、もう二室も失敗しているんですよ」
村木が、それほどかわいそうがっていない声で挨拶した。
登り窯の横の地面には、茶碗や花器など十数点の小物が置いてあるだけだ。隣の草むらで陶磁器の破片が山になっていた。なぎ倒された大輪の向日葵が、横になったまま黄色の花を日に向けている。蝉時雨が一層高く耳を打った。
窯出しは三の間に移っていた。もうこれが最後だ。

「畜生っ」
悲痛な声が陶芸屋の喉で鳴り、大皿がまた一枚、草むらに飛んだ。
Mは既に空になった一の間をのぞき込んでみた。黒く焼けた土が見えるだけで、何の痕跡もない。二の間も同様だった。一切が土に帰り、煙とともに天に昇ったのだと思った。
冷静にカンナと産廃屋を焼いた跡が見られたことに満足し、三の間の前に進んだ。もうそれほどの作品は残っていないようだった。見守る人たちの顔に失望の色が広がっている。   

窯の奥から陶芸屋が、大きな匣鉢を二つ重ねて重そうに運んできた。直径が八十センチメートルほどある。
「これが最後だ」
唸るように言って鉢を開いた。

一瞬の沈黙の後「ウオゥー」という喚声が取り囲む人たちの口を突いた。震える手で陶芸屋が大皿を取り出し、目の前に掲げた。途端に全員が手を叩き喝采した。子供たちがまた、喚声を上げる。
直径六十センチメートルの大皿は確かに傑作だった。きめ細かい鉄色の独特の地肌の上に、漆黒の釉が浮き上がっている。まるで、飛沫を上げて流れる元山渓谷の渓流のように力強く、雄大な渦を巻いていた。

手放すことができない風情で、地面に黒い大皿を置いた陶芸屋が、続いて下の鉢を開けた。
声にならぬ驚愕が、見守る全員の身体を貫いていった。村木一人が嬌声を上げ、手を叩いている。
鉢の上に屈み込んだまま動かず、じっと中を見つめたままの陶芸屋の横から村木が手を伸ばして大皿を取り、目の前に掲げた。

全員の息を飲む音が、大きく聞こえたように全員が感じた。

チェロが目を閉じ、頭を垂れて合掌した。横に立つ祐子の肩が小刻みに震える。修太は目を大きく見開く。光男の肩が落ちた。町医者の奥さんが右手で瞼を押さえた。緑化屋が頭を横に振った。屈んだままの陶芸屋の肩に、助役が右手を置く。
Mは一歩踏み出し、村木が掲げた大皿の端を両手で握った。胸の底で大きな音が轟き、鼓動が高まる。

両手で持った大皿の鉄色の地肌は、これ以上はないというほど滑らかで明るい色をしていた。鉄錆色の釉が、まるで朱と見まがうほどの鮮やかさで、乱れ髪のように一面に舞っていた。カンナが無くした髪が乱舞しているとさえ見えた。いつも身に着けていた衣装のように、赤く輝いて見える。そして、先ほどの大皿がもたらした、産廃屋の身を被っていた黒。

全員が感じたように、カンナと産廃屋の魂が自然に還り、炎に責め苛まれ、土と混じり合った末、限りなく美しい造形となって甦ったのだ。

「二人の魂が清浄な美となって戻って来た。お祭りせねばなるまい」
助役の声が低く響いた。
何も知らぬ村木が戸惑いながらも、大きく首を縦に振ってうなずく。
「ちょうど、廃社になって久しい元山神社の祭礼の日も近い。素晴らしいご神体が二体もできたのだから、荘厳な祭りにしよう」
助役の言葉に全員がうなずいていた。それほどの衝撃を、最後に窯の中から出てきた大皿が与えたのだ。
「来月初めの日曜日になる。ちょうど町長選挙の告示日に当たる。私の出陣式を兼ねてもいい。町の住人を元山沢にみんな呼んで盛大で壮麗な祭りにしよう。幾らかかってもいい、金は私が出す」

助役が言い終わる前に、Mが大皿を掲げたまま静かな声で言った。
「祭りには賛成だわ。でもこの祭りは元山沢の祭りよ。ここにいる者だけで祭ればいいわ。この大皿だって、大勢の目には触れたくないはずよ。私たちだけで楽しいお祭りにしましょう。私は御輿がいいと思う。御神輿わっしょい。子供たちも喜ぶわ。私が御輿に乗ってもいい」
「ワーイ」
一斉に子供たちが歓声を上げた。修太と光男が「ワッショイ、ワッショイ」と囃し立てる。
これで決まった。助役の苦り切った顔が皿の隅から見えたが、知ったことではない。
カンナではないが、いつまでも負け続けるわけにはいかないのだ。
ただし、チェロの意見を入れて弦楽五重奏団は参加できることにした。御輿とモーツァルト。楽しくなりそうな予感がした。
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