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11.祭り(7)

「ありがとうチハル。本当にありがとう。チハルのお陰で、僕は夢がかなえられる。本当にありがとう」
涙声で何回も頭を下げる進太を、チハルは笑って見下ろす。
「礼はキリンに乗ってからいいな」
涙を拭って進太が大きくうなずく。まなじりを決して進太は石垣を見つめた。バナナの房をスカーフに結びつけて首に掛け、力いっぱい石垣を登る。石垣の天辺に立つと、ちょうどサクタロウの背の高さと同じになった。サクタロウは無邪気に路側帯に植えられた紅葉の葉を食べている。進太はバナナを一房取って皮を剥いた。サクタロウに向けてバナナを振ると、長い首だけを伸ばしてくる。

「だめ、サクタロウ、こっちに歩いてくるんだ」
厳しく言って背にバナナを隠すと、やっとのっそり近付いてくる。サクタロウが背に乗れるところまで来たとき、進太はちぎったバナナを前方に投げた。即座にサクタロウが向きを変え、素早く路上に落ちたバナナに首を伸ばす。進太の足先に無防備なサクタロウの背がある。進太は一瞬の躊躇もなく、サクタロウの背に飛び乗った。ブラシのように固い短毛が股間を刺す。ぱんぱんに張り切った肌が一瞬揺れた。だが、サクタロウは進太を振り落とすよりバナナを選んだ。巨大なキリンの背に乗った進太は、巨木に不安定にとまったセミのように見える。必死の思いで太い首にスカーフを回して手綱を確保する。少し抵抗の素振りを見せたサクタロウも、小さな荷物を諦めたように進太を背にして、また紅葉の葉を食べに行った。

「進太、すてきだよ。キリンに乗った人間を、私は初めて見た」
キリンを見上げて感動の声を上げたチハルが、進太にはやけに小さく見えた。
「ありがとう、本当にありがとう。チハルも一緒に煉瓦蔵に行こうよ。ママにもぜひ紹介したい。なんと言ってもチハルは僕の大恩人だ」
キリンの背で誇らかに言った進太はちっぽけだが、チハルの目にはとても大きく見える。これで良かったとチハルは思った。夢が実現することも、この世にはあった。その事実が無性にうれしかった。
「いいえ、進太。私は行かない。これでさよならだよ。進太のことはきっと忘れない」
「残念だな。でも僕は行く。きっとチハルも喜んでくれるね」
答えた進太にチハルが大きくうなずく。進太は坂の下を見つめ、ちぎったバナナを遠くに投げた。サクタロウがバナナを追ってゆっくり歩き出す。進太は手綱を握り、キリンの誘導を必死で覚えようと歯を食いしばる。

チハルの目の前を異様な一団が遠ざかっていく。三頭のキリンが街へ続く坂道を下りていくのだ。ひときわ大きいキリンの背で、ちっぽけな進太の裸身が不安定に揺れている。いつキリンが暴走を始め、進太が振り落とされても不思議はない眺めだった。振り落とされれば、多分進太は死ぬ。しかし、チハルはそれでも構わないと思った。これだけの手助けをした責任も特に感じなかった。少なくとも、絶望の淵にいた進太が夢を現実にしたのだ。夢の実現が死に繋がって悔いるのは、夢の実現を望まぬ人間の驕りに過ぎない。チハルの脳裏にMの顔が浮かんだ。どうやらMと同じようなことをしてしまったと一瞬思った。頬が赤くなる前に激しく頭を振り、Mの幻影を振り払う。明日は祐子を誘い、八木節祭りを案内させることに決めた。思えば、それが今回の帰省のただ一つの目的だった。
街へと続く家並みの向こうから、チャカポコ、チャカポコと陽気な八木節音頭のリズムが流れてくる。

カッカッカッカと蹄の音を響かせて、サクタロウは山手通りを歩む。
雨上がりの通りは閑散としている。八木節祭りの会場になった織姫通りに向かう人影も見えない。すでに市民全員が祭りに出掛けてしまったような気がする。もう午後9時に近いのかも知れなかった。
「芝居が終わってしまう」
焦りに咽せたつぶやきが進太の口に上った。しかし、キリンのサクタロウは平気な顔で、広い道路の真ん中をもの珍しそうに長い首を振りながら悠然と歩く。大きな歩みに連れて進太の裸身も微妙に揺れる。すぐ近くに赤信号を点滅させた織姫通りと合流する信号が見えているが、なかなか近付かない。

進太は首から下げた二本のバナナの房から一つを取って皮を剥いた。バナナの甘い香りが鼻孔を突く。サクタロウの背を左右の脚できつく挟むようにしてバランスを取り、力いっぱい腕を振り、思い切り遠くにバナナを投げた。途端にサクタロウがダッシュする。進太の背が後ろに引かれ、危うく振り落とされそうになる。すんでの所で前方に重心を移し、急な加速を必死で堪える。跨るキリンの背に慣れたせいか、不思議に恐怖はない。サクタロウの巨体も走る速さの割には安定している。左右への揺れは思ったほど無い。加速に伴う前後の重心移動さえ気を付ければ何とかなった。とにかく、長い道のりを振り落とされずにここまで来たのだ。煉瓦蔵までは、もう500メートルも無い。
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