2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

8.終焉(9)

「参ったな、銃まで絡んでいるよ。これは散弾の実包だ。十二番口径の鉛玉がひとつ入った強力なやつだ。獣猟にしか使わない」
屈み込んで室の隅を捜していた名淵が、青い散弾のシェルを摘み上げてMに見せた。
「チハルだわ」
「さっき見たゲレンデヴァーゲンか。急ごう、手遅れになる」
思わず口走った言葉に、名淵が過激に反応した。真っ先に外に駆け出す。後ろ手に縛られたMも、よろけながら一心に走った。

「さあ早く、助手席に乗ってくれ。縄を解く暇も、服を着せる時間もない。とにかくゲレンデヴァーゲンを追うんだ」
MがMGFにたどり着くと同時に名淵が叫んだ。座席に追いやるようにしてドアを閉め、運転席に回った。素早くエンジンをかけ、凄いスピードで発進する。後ろ手に縛られた手がシートに押し付けられて痛い。ゲレンデヴァーゲンが駐車してあったところまで来たが、もう影も形もない。路上に降り立った名淵が、荒れ果てた路面の端を丹念に見て回る。Mがドアを開けようとして、後ろ手で苦闘していると、背後から声が飛んだ。
「やっぱりここで事件が起こったんだ。ほら、これは女性の下着だろう」

名淵の手が黒いレースのTバックショーツを広げている。見つめたMの頬が赤く染まった。確かに女性しか穿かない下着だ。
「チハルの家に直行する。どっちの方角に向かえばいいのか教えてくれ」
高ぶった声で名淵が問い掛けてきた。即座にMが答える。
「蔵屋敷の先のドーム館よ。ここから二十分の距離」
「さあ、いくぞ」
勇ましい声を残して、名淵がアクセルを踏んだ。往路とは逆に素っ裸のMには風が寒すぎるくらいだった。


「進太はバイクに乗って帰りなさい」
終始無言のままゲレンデヴァーゲンを運転してきたチハルが、ドーム館の玄関先に車を止めて口を開いた。助手席で硬くなっていた進太の緊張がやっとほぐれる。
「いや、僕もチハルを手伝う」
「足手まといだ」
消え入りそうな進太の声に、チハルがにべもなく答えて地上に降り立つ。車内に取り残された進太の喉元を、また強烈な吐き気が襲った。思わず口元を両手で覆うと、血まみれの死体がまぶたの裏に浮かび上がった。右足が不自然にねじ曲がった無惨な死体だ。足首にはトラバサミの罠が食い込んでいる。罠に繋がれた太い鉄の鎖が獲物を非情に拘束している。素っ裸で後ろ手に緊縛され、大きく股間を開いた死体をチハルが青いビニールシートで覆う。やっとの事で罠を外した足首を、今度はウインチのワイヤーで縛る。再び沢を上がっていったチハルが携帯ウインチを操作すると、しゃがみ込んだ進太の目の前で清美の死体が向きを変え、逆さまになって斜面を上がっていった。見つめる進太は、全身を震わしてしゃくり上げ、何度となく嘔吐した。吐くものが無くなり、苦い胃液だけになっても、吐き続けた。とうに涙は涸れ果てていたが、目は熱くキリキリと痛んだ。死ぬほどの不甲斐なさを恥じたが、どうしても腰が上がらない。真っ白になった視界を後悔が真っ黒に塗り込めていく。昨日の朝に時間を戻したいと、痛切に願った。


「僕はどうしたらいい」
チハルの後ろ姿に縋り付くように問い掛けた。ついさっきの生々しい光景が消え失せ、玄関ドアのノブを握ったチハルが振り返った。紫紺のスーツが泥と血で汚れている。
「帰れと言ったはずだ」
短い答えが返ってきた。進太が泣きべそをかく。
「チハルはどうするのさ」
再び進太が問い返した。チハルが睨み返す。
「死体に重りを付けてから、砂防ダムに沈める」
事務的に答えてドアを開けた。背後で進太が車を降りる気配がした。チハルは真っ直ぐ玄関ホールに入っていった。問い掛けてきた進太の真意は痛いほどよく分かる。今後の生き方について尋ねたのだ。寄る辺無い不安な気持ちを、チハルと分け合っていたい気持ちも分かる。だから、死体遺棄を一緒に手伝いたいと言ったのだ。しかし進太はもう、チハルと同様、たった一人で判断し、決断していくべきだった。それなりの修羅場は潜り抜けたはずだ。さらなる修羅に向かうのか、修羅を希望に変えるのかは、進太が選ぶ問題だった。そしてチハルには、着実に修羅の道を進んでいる自分の後ろ姿が目に見えるようだ。突然、バイクのエンジン音が轟き、すぐ遠ざかっていった。進太が自分の道を歩み始めたらしかった。チハルは静かな足取りで二階に続く階段を上った。
関連記事

コメント

非公開コメント

プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

最新記事
カレンダー
03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
free area
人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR