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8.終焉(10)

重りになる石が沢山入るメッシュのトートバッグを持って戻ってきたときには、もう進太の姿はなかった。微かな寂しさがチハルの背筋を這う。胸を張って空を見上げた。正午の太陽が視力を奪う。目尻に涙が滲み、鼻孔がツンッと痛んだ。助手席にバッグを置いて、無造作にゲレンデヴァーゲンを発進させた。荷物室の死体が揺れ、小さく音を立てた。フロントガラスの隅に、坂を上り詰めてきた緑色のオープンカーが飛び込んできた。目の前でタイヤを鳴らし、急停車する。山土が赤い埃になって舞い上がった。ハンドルを握ったダークスーツの男に見覚えはなかったが、Mの裸身が助手席に見えた。チハルの口に苦笑が浮かぶ。昨夜サロン・ペインで痴態を晒していた二人が、そのまま殴り込んできた風情だった。スーツ姿の男が意外に敏捷な身ごなしで運転席から降り立つ。首から提げたカメラがユーモラスだ。

「特捜検事の名淵です。司法警察権に基づいて車を捜索します。荷物室を開けて中を見せてください」
よく響く低い声がチハルの耳を打った。理由は分からなかったが、捜査の手が伸びてきたことは事実だった。背後の荷物室には清美の死体がある。素っ裸で射殺された無惨な死体だ。どう足掻いても言い逃れはできない。顔が蒼白になっていくのが分かった。ハンドルを握った手に力が入る。何とか平静を保とうと、MGFの助手席にいるMを見つめた。中腰になった裸身がドアのノブを後ろ手で探っている。背中で縛られた両手が見えた。滑稽な姿だった。チハルの胸に余裕が生まれた。

「素っ裸の変態女を連れた検事さんが、何の容疑で捜索するのかしら。土・日曜日の連休を変態ごっこで楽しんだほうがお似合いだわ」
ドアを半開きにして問い掛けながら、左手を伸ばしてレミントンM1100を引き寄せた。
「清美さんへの当て逃げと、拉致監禁の容疑です。車を降りて、荷物室を開けなさい」
名淵があごを引き締め、毅然とした声で告げた。
「そんなに日曜日が迎えたくないのなら、ずっと土曜日のままにしてあげるよ。ただし、変態女と名残を惜しむ時間はない」
楽しそうに答えたチハルが、ゲレンデヴァーゲンから飛び降りる。左手に握ったレミントンの銃口を名淵に向け、頬付けして構えた。
「ヤメテッ、やめなさい。キヨミ先生を解放すれば、罪もまだ軽いわ」
Mの怒り声が響き渡った。シートの上に立ち上がってチハルを睨みすえる。後ろ手に縛られた腕を無念そうに振ると、豊かな乳房が震えた。銃を構えたチハルが僅かに顔を横に向けてMを睨む。
「出しゃばり女が、もっともらしいことを言うんじゃない。清美は素っ裸で後ろ手に縛られて荷物室に転がっている。もっとも、射殺したから、Mのような無駄口を叩く心配はない」
チハルの一言がMと名淵の身体を凍り付かせた。風が立ち、Mの裸身を冷たさがなぶる。
「とにかく、銃を捨てて投降しなさい。例え今言ったことが事実でも、私を殺して罪を重ねる必要はない。法にも情けはある」

名淵が掠れた声で叫び、首に下げたライカを構えた。透き通るレンズが巨大な目のようにチハルを見つめる。チハルは慎重に照準をのぞいた。銃口を下げ腹部を狙う。二人の距離は三メートルと離れていない。
「私に情けは要らない。これまでに四人も射殺したんだ。人を殺すのは本当に疲れる。だから、もう少しで完璧に疲れ切ることができる。罪を重ねる必要はあるんだ」
ファインダーに映るチハルが、うんざりした声で言った。名淵は白く浮き上がったブライトフレームの中心にあるチハルの像を一心にのぞき込む。少し下がった銃口の先に端正な顔があり、紫紺のスーツを着た均整の取れた身体がある。その後ろに枯れきった山塊が見えた。一切が静まり返り、鮮明な像を結んでいる。名淵は冷静にシャッターを切った。続いてチハルの指先が微かに動き、銃口から真っ赤な炎がほとばしった。
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