「君の両親はいなくなったよ。早く鍵を取って、私を自由にして。たまには人目のないところでウンチがしたいじゃない」
広々と広がる海の前では、Mの声も煩わしい。あれほどまでに恋い焦がれた激情は、いったいどこに行ってしまったのだろう。
「どこに鍵があるんですか」と素っ気なく聞くと、前の運転席に脱ぎ捨ててある父のコートを、手錠を掛けられた両手でせわしなく指さす。
「そのポケットに入っているわ」
身を乗り出して取ったカーフのコートのポケットから、ちっぽけな鍵が出てきた。こんなちっぽけな鍵を真剣に求めるMが、かわいそうでならない。
求められるまま、ちっぽけな鍵を彼女を拘束した手枷と足枷の錠に差し込み、緊縛を解放した。落ち着く間もなく、狭い車内でシートに四つん這いになり、剥き出しの尻が目の前に突き出される。幾分閉口しながらも、僕は大きく開いた肛門の肉襞から突き出している金属棒に鍵を差し込み、肛門内で直径五センチメートルに開いた傘を閉じて、鎖の付いた金属棒を引き抜いた。
「ありがとう」と言った彼女は、そのままドアを開いた。
フロントガラスに広がる海に向かって、伸びやかな裸身を踊らせて駆けて行くMが見える。あっけない幕切れだった。
彼女は剥き出しの尻を突き出したまま、お礼の言葉を言ったのだ。白く豊かな左右の尻と、割れ目ですぼまっていた真紅のつぼみ、挑発する性器と黒々とした陰毛。たとえトイレに行くとは言っても、僕の目に残して置くものは、ほかになかったのだろうか。
やはり僕は負け続けるのか。
ほんのりとしょっぱい、潮のような苦さが口中に溢れ、目の前には、ゆったりと波打つ海だけが残った。
しばらく時が経ったが、トイレに行ったはずのMは戻らず、もっと前に車外に出た両親も帰っては来なかった。
いわくある断崖で帰らぬMと両親が急に心配になった。
もう枷は外してあるとはいえ「チチとハハが海に突き落とす」という最後の予言が頭をかすめる。
増殖した不安に耐えきれず、慌てて車外に飛び出していた。
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