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9.巨樹は倒れるままに(10)

「茶番ですよ」
理事長の耳元でピアニストがつぶやいた。
「いや、茶番ではない。現実というものだろう」
応えた理事長の肩が大きく落ちた。
「あれはいつもMが使う手なんです。理事長、惑わされてはいけない」
「私は惑ってはいない。かえって惑いが晴れたとさえ思っている。どれほど醜いと思い、嫌悪感を感じようが、現実から目を反らしてはいけないのだ。目を離してしまえば、たちまちのうちに自分で作り上げた世界にはまり込んでしまう。それを夢と呼ぶのだ。話は簡単だったな。ピアニスト。夢の実現を望むほど儚いことはない」
しんみりとした理事長の声が、燃え尽きようとする命を伝えてくる。ピアニストは激しく首を左右に振り、理事長の耳に大声で叫ぶ。
「理事長、無様なカエルのように吊り下げられた姿を見て、醜いとおっしゃった感性が現実なのです。醜いものを捨て去った場所で初めて、新しい文化の創造が可能になるのではなかったのですか。何よりも行動することです」
理事長はピアニストの叫びに応えようともせず、しばらく目をつむって荒い呼吸を続けた。

「では訊くが、ピアニスト。なぜMを鞭打たないのだ」
大きく目を見開いた理事長が首を曲げて、ピアニストの顔を見上げて尋ねた。答えを捜すピアニストの顔に、理事長は戸惑いを見た。
「きっと、Mを鞭打つことで、現実に触れてしまうのが怖かったのだろう。ピアニストの気持ちは分からないではない。だが私は違う。私は現実が見えなかっただけで、恐れてなどいない」
諭すようにピアニストに告げてから、理事長は本部秘書の飛鳥を呼ぶ。

「飛鳥、命令だ。ファイルを寄こせ」
素早くデスクの前から立ち上がった飛鳥が理事長に駆け寄り、赤いボードに留めた書類を差し出す。理事長は一枚目の紙片にしみじみと見入ってから、冷たい声で命じる。
「破り捨てろ」
飛鳥が一枚目の命令書を引き剥がした。二枚目の紙片に目を通した理事長が力無くうなずく。
「サインする」
飛鳥が差し出した太いサインペンをやっと握り、理事長は渾身の力と意志で大きく名前を書いた。
「いいな、これが最終命令だ。今日限りコスモス事業団は解散する。私が死んでからは、収益事業本部だけを存続させよ。福祉・医療・文化の、各事業本部は閉鎖する」

「理事長、ダメです。絶対に許さない」
悲痛な声で言ったピアニストが点滴セットに手を伸ばし、バルブを全開にした。
「ハハハハハ、ピアニスト。お前に似合わぬ粋な計らいをしたな。全身が燃え上がるようで気持ちがよい。恐らく後数分の命だろう。お陰で苦しまないで死ねる。飛鳥、ピアニストのやったことには目をつむれ。これは命令だ」
全身を襲う高揚感に耐えきれず、理事長が車椅子から立ち上がった。ピアニストの全身がわなわなと震える。
理事長の視線の先にMの裸身が揺れている。股間にひざまづき、舌で陰部をまさぐる祐子の背中が見える。白い肌は無惨な鞭痕に被われている。
絶えることなくチハルは鞭を振るう。両目から涙を流し、鼻を垂らしたチハルが、よろめきながら祐子の背を打つ。祐子の背で皮膚が裂け、赤い血が宙に舞った。

「チハル、やめなさい」
理事長の大声が鋸屋根の下に轟いた。全員が声の主に見入った。
確固とした足取りで前に進む理事長の姿を、まるで奇跡を見るような目で全員が見た。
「私の個人的な財産はすべて、ここにいるチハルと祐子に相続させる。しかし、祐子が成人に達するまでは、すべてをMに管理してもらいたい。飛鳥、聞いているか。これは命令であり遺言だ」
言い終わった理事長の身体が大きく揺れて、前に倒れた。床に突いた両手で身体を起こし、瀕死の声が大きく叫ぶ。
「M、そうしていても、Mは美しい」

死に逝く理事長を見つめるMの目から涙が流れた。思わず曲げていた膝が落ち、尻を激痛が襲う。
「ありがとう」
Mの声が静かに鋸屋根の下に響いた。

理事長と同様、私もここに集まった人たちとは相容れないのだと、Mは宙で揺れる裸身に手こずりながら確信した。
早くこの市を離れたくてならなかった。

第5章 野望 ― 完 ―

明日より、第6章 ―強奪― をお届けします。
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