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4 ヴァイオリン(2)

「お見事です」
いつの間に来たのか、私を逆さ吊りに縛り付けたまま、長い時間放置していた彼が現れ、妻をねぎらっている。
何がお見事なものかと私は思った。私の肛門に生けられた花がそんなに見事なものなのか。見事だと言えば、この状況に黙って耐えている私の人格の方が、どれほど見事なことかを知るがいいのだ。しかし、私は黙っているしかなかった。全裸で逆立ちに縛られた私の口には、唇を割って二本の黒い麻縄できつく、猿轡が噛まされていたのだから。
「ありがとうございました」と彼が言うと、妻は恭しく一礼して再び、衣擦れの音も涼しくドアを開けて去って行った。私の存在にも、ましては人格にも一切、なんの注意も払いはしない。私はただ一輪の菊を、肛門という狭すぎる入り口に受ける花器としてのみ存在を許されていたようだ。
妻の目に私を晒し尽くした後、彼が私の肉体に加えた辱めと打ち打擲とは、今更、思い出したくはないものだった。

結局、コンプレックスという一語が、彼の行為を巡る結論として脳裏に浮かんだが、それだけでもないような気もしていた。
彼は、私の肉体を花器に見立てる演出をしたが、決して妻が花を生ける姿ばかりでなく、私の恥ずかしい姿態の全てに、レンズを向けることは、たえてなかった。


私の部屋の、開け放した窓から聞こえるパルティータは未だ途切れてはいなかった。
私は清冽なバッハが聞こえるよう、窓を開いたままカーテンを閉め、部屋の中央に姿見を運んでパジャマを脱いだ。
鏡に映る若い裸身は、かつてと同じように十分美しいと思いたかったが、一か月に渡って彼に責めさいなまれた身体には深い澱のような影が差していた。
彼の好みの菱縄で、いつも縛られる両の手首と二の腕には、縄で擦れた赤黒い染みが消えることがない入れ墨のように残っている。下腹部を見やれば、かつて黒々と豊かだった陰毛は毎日のように剃刀で剃られ、生気を失った性器がユーモラスに露出している。
後ろを向いて振り返ると自慢のお尻が一番先に目に付く。日毎続いた打擲が皮膚の回復を越え、今や漆黒のかさぶたさえ、滑らかだったお尻の曲面に点在していた。
もう私の肉体は美しくはないと、私は確信した。いかに彼が毎日、愛おしむように抱こうが、もう私は美しくはないのだ。それでも私はまた彼の元へと出掛けて行くのか。

今日もきっと、彼のセクシーなバリトンになぶられ、蔑まれ、そして煽られて私は燃え立つのだ。鏡に映った裸身の深奥に官能の炎が微かに見える。その炎に焼かれて私は、未だかつて知りもしなかった世界に、時空を越えた存在の証を求めているのか。
いや、私自身が存在の証として、鞭打たれる尻の痛みや、性器に突き立てられる異物の圧迫感、全身を縛られ支配される刺激的な屈辱感に悶え、感覚と想念の全てを官能に捧げることによって、日常を取り囲む世界とその全存在を、逆に証明しているのだ。

似合いもしない難しい答えを出そうとすると辺りの静けさが身に滲み、日毎彼が招く煌々と明るい冥界への標としてまた、背筋をくすぐるバリトンが今にも、この部屋にさえ響いて来るような気がした。

いつしか、彼のお気に入りのパルティータもやんでいた。
秋空だけがカーテン越しに青く、ひたすら青く目に映え、日常からポッカリ抜け落ちてしまった白々とした私の裸身が一瞬、まっ青に染まった。

目にしみるブルーのせいか、また一筋、私は涙を流した。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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