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- 2010/09/02/Thu 21:59
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- 第1章 -M-
私を訪れた変化にやっと気付いた彼は、訝しそうに尋ねた。
「どうかしたんですか。夜更かしでもして、まだペースに乗れないのかな」
「いいえ、夜更かしもしていないし、ペースに乗れないわけでもないわ。ただ、あなたを縛りたくないだけです」
「えっ」と言ったまま彼は絶句してしまった。予期しないことを聞いた風に、私の言葉を反芻しているようだ。
「何か気に入らないことでもあったんですか。私が悪いのなら謝りますから、気分を直して楽しんでいってくださいよ」
「謝る必要などありません。私の好きで、あなたの元へ通って来ているだけですから。でも今日は、縛るのは嫌なんです。どうしても縄が必要なら、以前のように私を縛ってください」
「そんな難しいことを言われても困りますね。あなたの身体はもう、十分すぎるほど縛ってきたじゃないですか。駄々をこねるのはやめてください」
「誰が駄々をこねているんですか。私は縛るのが嫌なんです。どうしてもと言うなら、私が縛られてもいいと言っているのに、あなたは自分の好みにばかり執着している」
かみ合わない会話がしばらく続いた。彼は素裸のまま、辛抱強く私を説得しようとする。
「今日のあなたは、本当におかしいですよ。昨日までは、なんの問題もなかったじゃないですか。変ですね、本当に変ですよ。一週間も上手に私を責めていたじゃないですか。どうして急に、変ですよ」
「あなたの方が変でしょう。一か月も私を縛りまくったくせに、急に縛られることが好きになってしまうなんて、納得がいきません」
「あれはあなたに、こういうことに慣れて貰いたかったからなんですよ。もう十分役に立ったと思いますよ」
思わず彼は本音を洩らしていた。やはり彼は、自分一人の世界に閉じこもるために私を利用したのだ。カッと全身の血が熱くなった。
「やはり私を利用していただけなのね。私も楽しんだのだから、別に利用されたって構わないけど、哲学者ぶってマスターベーションに耽るのはやめたがいいわ。何が向こうの世界に行ってみないかですか、悲惨と苦悩、無垢の美しさに満ちた世界ですって。そんなものは一生掛かったって、あなたに縁のない世界だわ。せいぜいレンズを通して覗き込むのが分というところよ。それを、自閉的で卑猥な手段を使って現実のものにしようとしたって所詮、変態崩れがいいところだわ。たかが性的な異常を拡大解釈して、狂気の世界と結び付けようとしても、そうはいかないわよ。ガリガリ亡者の変態に見込まれたヴァイオリンの少女たちが可哀想でならないわよ。あなたも分相応に、ちょっとは社会性ってものを身に着けたほうがいいわ」
私は一気にまくし立てたが、最後まで言うことはできなかった。
頬に熱い痛みが襲い、パシッという音が耳元で響いた。倒れそうになった反対の頬にまた、平手打ちが襲い、顔全体が痛みで熱くなった。ジーンと痺れた耳に、彼の怒りのうなり声が聞こえるようだ。
揺れる視界に、全身を怒りで真っ赤に染め、仁王立ちになった彼の裸身が見える。最前まで萎んでいたペニスが、極大にまで勃起していた。
また二発頬を張られた私は、床にくずおれてしまった。すかさずのしかかってきた彼が、凄い力でジャケットとスカートを引き剥がす、恨みを込めるように衣類を遠くに投げ捨て、なおも倒れた私の頬を打った。
私の顔はきっと、真っ赤に腫れ上がってしまったに違いない。
「顔を叩かないでください」と見上げて抗議したが、彼の顔つきはこれまでと全く異なり、暗く凶暴な険が刺していた。顔中を涙と鼻水だらけにして私は、抗議し哀願した。
「ふん」と鼻で言った彼は、私のブラウスに無造作に手を掛け、いとも簡単にブラジャーごと引き裂いてしまった。上半身裸にされて小刻みに震えている乳首を指先で強くはじく。痛みが頭の芯まで響いて来るが、習い性になった肉体は悲しく、乳首の先が堅くなっていくのが分かる。
「へっ、夏の朝と変わっちゃいないな」と呟いて彼は、ひときわ強く私の頬を張った。街のちんぴらと少しも変わらないモードだ。
あふれ出る涙の中で私は、初めて彼と出会った夏の日のことを思い返した。あのとき、汗に濡れたTシャツから透けて見える乳首を、じっと見つめられていたような気がしていたが、やはり逆光になった黒い顔の中で、私の乳首を値踏みする目が爛々と光っていたのだ。
ひょっとして私は、ここで殺されるかもしれないと思った。そう思った途端、ゾクッとする恐怖がこみ上げ、全身に鳥肌が立った。
「望み通り縛ってやる。縄と鞭を持って来い」
ショーツの端を片手でつかんだまま彼が命じる。殺されるかもしれない恐怖に戦いている私は「はい」と言って跳ね起きた。同時に、端を捕まれたショーツが足首まで脱げ、両足を拘束する。アルミケースのところまで行こうとしていた私は、足首に絡まったショーツに足を取られ、素裸のままおろおろとしてしまった。