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10 断崖(3)

舗装道路に出た私はスピードを上げ、ひたすら街の明かりを求めて疾走した。長い下り坂が終わって、危険なほど鋭いヘアピンカーブをクリアした直後、暗闇を引き裂いてきたヘッドライトの光が急に色あせた。
闇に慣れた目が眩しく思うほど唐突に現れた繁華街は、四車線の通りの両側にカクテルライトの街灯が並び、まばゆいばかりのショウウインドが続いていた。私は歩道寄りの路側帯にロードスターを停車させ、目をしばたいて街の様子を観察した。

映画のセットのように明るい街は、一キロメートルほどしか続いていないようだった。車の前方六百メートルの辺りはもう、明かりも見えず黒い暗がりが広がっている。なんて街だと、私は思った。こんな海沿いのへんぴな土地に、悪い冗談のように都会風な街路が開けている。それに、早い時刻にも関わらず人通りもなく車も通らない。
また、幻影を見るのかと思い窓を細く開けてみると、微かに潮の香と寒い風が吹き込んで来た。明かりのつきる辺りに赤色灯を認めた私は、ゆっくり車をスタートさせた。
瀟洒な飾りタイルを巡らせた壁面に、昔ながらの赤灯をぶら下げた警察署の前に車はすぐ着いてしまった。
恐らくこの光眩いだけが取り柄の街は、原子力発電所が作ったモデルタウンに違いないと私は一人納得し、車窓から古風な石段の先にある警察署のモダンな自動ドアを見上げた。

どうしようかと、体内時計できっちり一分迷った後、私はシートベルトを外し力一杯ロードスターのドアを開けた。
やはり私は、トランクにある少女の死体を何とかしなければ、新しい檜舞台に上がることは出来ないのだ。
三段ある警察署の石段を足早に登り切ると、自動ドアの前に制服姿の警官が杖を持って立っていた。神社の唐獅子と思い込み、ぞんざいに会釈をして通り過ぎようとしたら、自動ドアのセンサーに関知される前に「どうかしましたか」と声を掛けられてしまった。
仕方なく振り返った私の目に、好奇心たっぷりの若い制服警官の顔が映った。テレビでいつか見たことがあるような可愛い顔付きをした彼は、ブラウン管の中にでもいるように微笑んでいた。
「いえ別に、用と言うほどのことではないのですが」と、言葉を呑み込んでみたが、警官は先を促すように魅力的な微笑に更に磨きを掛けた。
この努力に応えなければ、人でなしになってしまいそうな気がして「実は私の車のトランクの中に、死体が入ったままなのでお寄りしてみたんです」と言ってみた。

「えっ」と、警官の微笑みが口の端でこわばってしまう。頭の中の混乱が目に見えるようだ。
でも当たり前のことだ。子猫を拾ったかのように死体の話をすれば、誰だって話し手の頭を疑う。私は作り笑いを浮かべながら右手に持ったキーを警官の目の前で振り、彼を石段の下のロードスターへと誘った。

若い警官の視線を背後に感じながらトランクにキーを差し入れた私は、もし少女の死体がなくなっていたらどうしようかと、急に不安がこみ上げキーを回し掛けた指の動きが止まってしまった。
「僕が開けましょう」と言って私に代わり、警官がキーを回しトランクを全開にした。
「んー」と警官が声にならぬ感情を露にしたとき、私はやっと胸をなで下ろしていた。
大きく開いたトランクの中に、相変わらず素裸で窮屈そうに身体を折り曲げた少女の屍があった。
「ブチョウ」と頓狂な声を上げ、警察署にあたふたと駆け戻る若い警官に見捨てられた格好の私は、トランクに横たわる少女の横顔をじっくりと見た。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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