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- 2010/10/04/Mon 16:14
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- 第2章 -ピアノ-
「うっー」
突然低い声を上げた彼女が、床に屈み込んでしまった。オーバーな身振りにあっけにとられ、気が動転してしまった僕も、いつまでも起きあがらない彼女が心配になって屈み込んだ。腰が下りきる瞬間、彼女の手が股間に伸び、勃起したペニスをつかんだ。
「何をするんですか」と声を荒立てると、
「歯が痛いのよ」と、のんきそうなアルトで甘える。
「そんなに歯が痛いのなら、歯医者に行かなければだめですよ」と勧めると、「君はピアニストだと思っていたが、歯医者の回し者なのか」と毒づく。
見ず知らずの、初対面の女に絡まれては、かなわないなと思っては見たが、これも行き掛かりのサービスだと考え直し、我が家の営業活動を開始した。
「僕の父は歯医者なんです。良かったらうちで診察を受けませんか」
「へー、ピアニストの父はデンティストなんだ」と、はすっぱな言い方でいたずらっぽく僕の目を見る。
目が合った途端、再び痛そうに顔をしかめた彼女は、
「事のついでに案内してもらおうかな。でも私は、保険証は持っていないよ」と言ったのだ。
悪い客を捕まえてしまったと後悔したが、結構父といい勝負になるかなと考え直し、案内することにした。
「でも、このスタジオを開けっぱなしにしておいていいの」
似つかわしくない常識的なことを言う彼女に、僕は心の中で笑ってしまった。
「別に、留守の間に泥棒が入っても、あなたの広告料がパーになるくらいの損害しかないんじゃあないですか」
「君はなかなか賢いね。ピアニストにはもったいないくらいだ。それに、大人をからかうのも得意みたいね」
「別にからかってるわけじゃあないけれど、あなたは普通の大人とはちょっと違うみたいだ」
「多分、私は君の将来のために、大人のあり方をよく説明した方がいいのかも知れないけれど、歯が痛くて仕方がないから、とにかく、君の推薦する名医のところに早く案内してちょうだい」
彼女は話し掛けながら立ち上がり、片手に持っていたシェラデザインのマウンテンパーカーに袖を通し、外に出て行こうとする。
随分せっかちな女だと、あきれ返って後に続くと「お揃いのパーカーだね」と前を見たまま言った。
確かに、彼女はタンで僕はグリーン。色違いの揃いのパーカーだった。
玄関を開けると真ん前に図々しく、真っ赤なユーノス・ロードスターが駐車してあった。しかも、この寒いのにオープンにしてある。道理でマウンテンパーカーを着込んだわけだ。彼女を案内するのは、並の仕事では済みそうにない予感がした。うれしい予感につい、口元が緩んでしまう。
「何をにやにやしているのよ。早く乗りなさいよ」
僕が乗り込むとすぐ、凄い速度で急発進する。行き先も聞かなければ方向も確かめはしない。
メインストリートの車の流れに、強引に割り込んでから「どっちに行くの」と、子供みたいに聞いた。
「山地に行ってください」と答えると、急に車のスピードが落ちた。
一瞬の重い沈黙の後、スピードが上がり、対向車が途切れた瞬間を突いて鋭くUターンした。