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3 陶芸屋(2)

「祐子はどうするんだい」
十二畳の板敷きのアトリエの隅で、テレビに見入っていた息子の修太が不意に声をかけた。
「恩師の家に泊まることになった」
「何だ、チェロの所へ行ったのか。うちに連れてくれば良かったのに」
「そうはいくまい。あの子は心を開いてくれないからな。修太、お前にだって話さないんだろう」
小さくうなずく修太の肩が落ちたように見えた。

「センセイが悪いんだ。祐子と光男を叱るからな」
陶芸屋の脳裏に、眼鏡の縁を指先で持ち上げる癖のある女教師の顔が浮かんだ。廃校になるのを二年後に控えて退職した温厚な地元教師の代わりに、都会から臨時教員として住み込んで一年しか経っていない。たった三人しか子供のいない分校なのに、保護者が学校を訪ねることを嫌がる雰囲気があった。家庭ぐるみの教育が普通であった前任者とは、まったく違う教育方針だった。しかし、後一年と思う気持ちが、陶芸屋を学校から遠ざけたままで済ませていた。

「あのセンセイは厳しいのか」
「いや、俺には優しい」
修太は、話題を打ち切りたいように簡単に答えた。
「他の二人にだけ厳しいのか。でも、祐子ちゃんは病気なんだろう」
「口をきかないだけだから、病気には見えないんだろう。センセイが打っても泣きもしない」
「えっ、手をあげるのか」
陶芸屋が驚きの声を上げたとき、横に置いてある電話が鳴った。
入院した緑化屋からの電話に違いないと思った陶芸屋が、すかさず受話器を取った。

「陶芸屋はいるかね」
ドスのきいた低い声が受話器から流れてきた。
「私だが、あんたは」
「俺は産廃屋の竹前って者だ。緑化屋は随分と命強かったようだな。でも、幸運も長続きはしないぜ。お前もいい勉強になったろうが。つまらない反対運動は今日限りやめることだな」
「墜落事故のことを言ってるんだな。あんた、まさか緑化屋のヘリコプターに、」
「何もしちゃあいないさ。反対反対と、うるさいことを言っているから事故が起きるんだ。お前も緑化屋も、かわいい子供がいるんだから、身体を大切にした方がいいと心配して忠告しているんだ。まあ、俺の親切心ってやつよ」
ゆっくりと、念を押すように話す産廃屋の声の後ろに、時折女の声が混ざる。かん高い喘ぎ声が受話器の中で遠く「コロシテ、コロシテ」と聞こえてくる。
一瞬、陶芸屋の胸に恐怖が込み上げた。しかし、一呼吸おいてから、妙に女の声が怪しく官能的であることが知れた。

「今時のやくざは、女とお楽しみの最中にも脅しの電話をかけてくるのか。随分忙しくなったもんだな」
「ふん、これも親切心の一つさ。命が無くなったら、女を泣かすこともできはしない。よく覚えておくことだな。勉強になっただろうが」
産廃屋の声の彼方で、ひときわ高く「ヒー」と延びた女の歓喜の声が聞こえ、電話は一方的に切られた。

ツー、ツーという発信音だけが流れる受話器を握り締めた陶芸屋の喉元に、苦いものが込み上げてきた。
不思議なことに、脅迫された恐ろしさはない。受話器の中に響いてきた女の喘ぎだけが耳の底に残った。下半身が怪しく疼く。
妻の陽子が去って以来、女の柔らかな肌を抱くことも絶えて無かった。既に五年になる。滑らかさといえばもう、土の感触しか思い出せそうになかった。
身体の芯に熱く固いものが突き刺さっていくのを感じ、昼下がりの恩師の寺で見た、きりっとした女の表情が目を掠めた。

「誰か来たよ。小役人の村木が新しいゲームでも持って来たのかな」
入り口の引き戸を叩く音が聞こえ、テレビの前から立ち上がった修太が戸の前に向かった。
外から引き戸が力強く開けられ、暖められた室内に冷気が走り込んだ。
「あんた誰。変なやつだな」
修太が頓狂な声を上げる。
「今晩は。客に挨拶もできないあなたの方が、よっぽど変なやつだと思わない」
平然と答えた訪問者は、夜なのにオレンジ色のサングラスをかけた長い髪の女だった。アメリカンフットボールの控え選手が着るような、足首まである黒いコートを着て土間に立っている。
修太はあっけにとられ、返す言葉がでない。

「それに変なやつとは何よ。子供でも、言って良いことと、悪いことがある。見掛けで人を判断するのはやめたがいいわ。あんたみたいな、人の痛みが分からない子がイジメをするのよ。もう小学校六年生なんでしょう。もっと良くお父さんにしつけてもらいなさい」
「うるさいキチガイ女。説教しに来たのか」
痛いところを突かれた修太が一歩を踏み出し、Mの足を蹴った。途端に平手打ちが修太の左頬でピシッと鳴った。
頬を張られて床に飛ばされた修太は、ショックでしばらく声も出ない。ぼう然として立ちすくんでいたが、突然大声で泣き出す。赤く手形のついた頬を手で被い、泣きじゃくりながら自分の部屋へ逃げ込んでしまった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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