2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

3 陶芸屋(1)

昼走った道を、再びMのロードスターが凄い速度で走り抜ける。
ほんの数時間前、村木に案内されて走ったばかりのカーブを道幅いっぱい使ってクリアーして行く。風のやんだ渓谷にエンジンの音がひときわ高く吼えた。

Mは闇に目を凝らし、村木に教えてもらった道しるべを見逃さないように注意した。
ヘッドライトの光線が一瞬、フロントガラスの隅にアーチ状の鉄橋を照らし出した。大きく切り通しを回り込んだ瞬間、昼来たばかりの広いコンクリート道路に出てしまった。左方の闇の中では、渓谷を挟んで醜悪な精錬所の廃墟がたたずんでいるはずだった。

「しまった、道を間違えた」
ロードスターの狭い車内で思わず声に出してブレーキを踏んだ。
ダッシュボードの時計に目を落とすと、七時十五分前だった。市からここまで、わずか五十分で来たことになる。

Mは目をつむり、大きく息を吸った。
車の屋根が視界を遮り、脇道を見逃してしまったのだ。夜間の走行でも、オープンにすべきだったと悔やむ。

闇に包まれた山肌をぼうっと照らすチェロ奏者の寺と村木の住むアパートの灯を見ながら、Mは今日二度目になる鉱山の町への来訪について思いを馳せた。
午後の寺の一室で村木の入れてくれた茶の味と、手に馴染む鉄色に光った茶器の感触が甦る。口の中に広がる苦い茶の記憶を、陶芸屋の甘酸っぱい記憶が押し包んでいく。
女を頑なに拒絶した態度と言葉。しかし、目の底で燃えていた熱い感情の炎。渾身を込めた作品を焼く陶窯の中の、灼熱の炎を見たとさえ思ったのだ。

あの熱いまなざしに誘われて、Mは再び鉱山の町まで来た。
求められていたと、Mは思う。挑戦は受けねばならない。それがMの生き方だと、闇の中で改めて確信した。

「観光パンフなんかに興味はないわ。やはり人よね」とつぶやいたMは、寺とアパートの灯に片目を瞑った。
「モーツァルトも、ぜひ聴かせてもらうわ」と言って口元をほころばせて、思いきりアクセルを踏み込む。
リヤタイヤが悲鳴を上げ、見事なスピンターンが決まった。
ヒーターも入れない冷たい車内で、身体の奥に住む官能への予感だけが、熱く燃え上がっていた。


切り通しを過ぎてすぐ、右に入る細道があった。
山塊が両側から迫る細道に車を乗り入れると、コンクリートを敷いた広場に出た。バスターミナルのような広場の先に立派な鉄橋が見える。水瀬川を渡る橋に違いなかった。
鉄橋を渡りきると、右手に精錬所を閉ざした巨大な鉄の門が見えた。
構わず先に進むとまた道が狭くなり、舗装の荒れが目立ってくる。山へと登る急勾配の道路がうねうねと続いていく。ようやく登り切ってしばらく下ると、ヘッドライトの光が小さな渓谷を照らし出した。誉川に違いない。
渓谷沿いに五分間ほど走ると、山が後退した狭い平地に校舎と思われる建物や、二、三の住宅が浮かび上がった。いずれの建物にも灯は見えず、闇に溶け込んだままだ。

少し先に、コンクリートの橋が見える。
村木が対岸にあると言った、陶芸屋のアトリエに続く橋に違いなかった。橋の上にロードスターのノーズを回した後、車を止めて先を確かめる。
長さ十メートルの細い橋の先は、すぐ近くまで山が迫った狭い荒れ地だ。僅かに山の端を上った所に、ぼんやりと光る外灯が見える。その光を浴びて、思ったより大きなログハウスが闇の中に浮かんでいた。
Mは静かにロードスターを発進させる。

コンクリートの橋の先は未舗装の私道だった。地面に深く刻み込まれた轍の跡に車輪を取られ、車体の底を土に舐められながら、ゆっくりと進んだ。
古ぼけた外灯の下に四輪駆動のトラックが止まっている。Mは隣にロードスターを止めた。

フロントガラス越しに、ログハウスの壁面に掲げられた巨大な看板が見える。看板にはアトリエの名前はなく、乱暴な文字で「産廃処分場絶対反対」と描かれていた。
Mの口元に笑みが浮かぶ。
確かに産業廃棄物と陶芸は馴染みはしない。あの真剣すぎる表情で、産廃処分場に反対する陶芸屋の顔が目に浮かんだ。
Mはドアを開け、身を切る寒さに包まれた荒れ地に立った。レイバンのサングラスをかけ、外灯にうっすらと照らし出されたログハウスに向けてゆっくりと歩み出した。


本当に慌ただしい一日だったと陶芸屋は思った。今日初めて回すろくろを前に、ふっと大きく息をつく。
朝のうちは、日頃構わなかった家事に追われた。昼になって祐子の失踪を知らされ、恩師と元山鉱まで捜しに出掛けた。恩師の思惑通り、廃墟になった共同浴場の広い湯舟の縁に座り込んでいた祐子を保護して学校に連れて行くと、緑化屋の墜落事故の知らせが待っていた。祐子と恩師と一緒に三人で町まで下り、緑化屋が運び込まれた総合病院へ急いだ。幸い緑化屋の傷は軽く、ほとんど怪我がないといってもよいくらいだった。背骨を折って死んだパイロットとは、はっきり明暗を分けた形だった。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

最新記事
カレンダー
11 | 2010/12 | 01
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
free area
人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR