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- 2010/12/24/Fri 15:00
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- 第3章 -廃鉱-
Mは楽しい気分で蒔絵の盆に手を伸ばし、冷えた茶碗を取った。
不思議な茶碗だった。ほとんど黒にしか見えない地肌に厚めの釉がかかり、所々が青みを帯びた鉄色に光る手焼きの茶碗だ。手に馴染む土の温かさが優れた陶工の技を感じさせる。Mは手に取ったまま、しばし見とれてしまった。
「その茶碗、気に入りましたか。先輩の作品ですよ」
目を上げると、村木がにこにこと笑っている。
「へー、そうなの。陶芸屋はアーチストだったのね」
「いや、幾つも作らないし、値が高いから売れないんですよ。気が向いたら、観光パンフレットに取り上げてやってください」
「もちろん取り上げるわ。この町の宝よ」
村木が声を上げて笑った。Mもつられて笑い、ひとときこの町と交流できたと、幸せな気分になった。
Mの好みにぴったり合った陶器が手の中にある。地肌の温もりから不意に、陶芸屋の熱い瞳と傲慢な態度が伝わってきた。ぽっと頬が赤く染まり、Mは村木に気取られないように話題を変えた。
「村木さんは、緑化屋さんのことも知っているの」
「知ってますよ。国の技官なんです。しかも高級官僚。禿げ山を緑にするために志願して来たそうです。もちろん都会の人で単身赴任なんですが、去年から自閉症の娘さんを呼び寄せて一緒に住んでいます。ずいぶん仕事熱心な人で、町が気に入ったみたいですよ。先輩と仲がいいんです。どちらもやもめの子連れ狼ですから、よく一緒に酒を飲んでいますよ」
「狼みたいに飢えているってこと」
「いや、二人とも個性が強すぎるという意味です。正直、怖いですよ」
「あなたは狼ではないの」
「からかわないでくださいよ。こんな山の中の寺で二人きりなんですから。狼になりたくなるかも知れない」
慌てた表情の村木が、つい本音をはいてしまう。
「狼になって見れば」
あっけなく言ってのけたMの目が妖艶に光ったように、村木には見えた。
「弱ったなあ。Mさんは意地悪ですよ。僕は先輩たちと違って気が弱いんですから」
「そう、私は意地悪よ。陶芸屋さんや緑化屋さんと同じくらい、私は村木さんのことが好きになったわ」
Mの低い声が村木を挑発した。
村木が唾を飲み込む音が聞こえた。
傲慢な陶芸屋を誘い込む前のトレーニングにちょうどよいと思い、Mは大きく開いた瞳で村木の視線を捉えたまま放さなかった。
村木の頬が少しずつ赤く染まっていく。固く勃起していくペニスを意識した村木は、苦しそうにまばたきしてから目を伏せてしまった。
目の底に残ったMは輝くほどの壮烈な美しさに満ち、静かに椅子から立ち上がるところだった。
静まり返った部屋に村木の早い呼吸音が響き、Mが羽織っていたダウンジャケットを脱ぐ衣擦れの音がした。
外は冷たい風が渡り、禿げ山に植え付けられた草むらの上でびょうびょうと寒そうに鳴った。