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1 鉱山の町(5)

「作品の売り込みじゃないですよ。緑化屋の娘が、またいなくなったそうです。今、分校から連絡があったところなんです。これから捜しに行くのですが、一緒に行ってもらえないかと思ってお願いに来たんです」
「そうか、またか。困ったな、緑化屋は山に入ってるんだろう」
「当然ですよ。朝からヘリコプターに乗っているはずです」
「陶芸屋が一人で行っても、あの子はいうことを聞かないかも知れないな。一緒に行ってみるか」
「お願いしますよ。どうせ元山鉱の廃墟の辺りにいるんでしょうが、恩師が一緒なら素直に帰ってくれるでしょう」
「じゃあ行くか」と言って立ち上がった老人が、Mに視線を落とした。
「大変申し訳ないが、これから人捜しに行って来ますよ。この陶芸屋のせがれの同級生で、小学校六年生の娘が学校からいなくなってしまったのです。都会から赴任して来た緑化技師の娘なんだが、かわいそうに自閉症なのです。どういうわけか、年寄りの私には安心できるらしい。なに、いる所は見当が付いているから、それほど心配はないのですよ」
「私もお手伝いしましょうか」
「いや、あなたはいい。町の者でします」
きつい視線でMを見下ろして、陶芸屋が短く言い放った。
「よそ者が行くと足手まといって事かしら」
「そういうことです」
冷たい声で言い切った陶芸屋は、口をへの字に引き締める。声とは裏腹に、Mを見つめる視線の底で熱い炎が揺れた。
Mの背筋をむず痒い感情が走っていった。


「お待たせしました」
のんきな声が響き、村木が奥のドアから湯飲みを載せた蒔絵の盆を持って入って来た。
「あっ、先輩、こんにちは。先輩の分も入れて来ましょうか」
Mを見つめる陶芸屋に明るい声で呼び掛ける。
「お茶くみは役所の中だけにしておけ」
にべもなく拒絶された村木の顔が赤く染まった。
「僕は役所でお茶くみなんかしてませんよ。四月になれば主任になるんですから、もう上級職員ですよ。先輩こそ、もっと売れる陶芸を工夫して、町おこしに貢献すべきじゃないですか。芸術家ぶっていちゃ敷居が高くなるばかりですよ」
「お前に説教されるゆえんはない。小役人のくせに、かわいこちゃんを連れていちゃついてるから町が変わらないんだ。早く帰って町のための仕事をしろ」
Mは、きっとなって陶芸屋の顔を睨み付けた。
「私はかわいこちゃんという名ではありません。Mと言います。あなたはどなたですか」
「俺は陶芸屋だ」
動じる風もなく答える。

刺々しくなった雰囲気の中で、老人が取りなすように間に入った。
「村木。私は陶芸屋と一緒に緑化屋の娘を探しに行くから、折角入れたお茶をMさんに飲んでもらってから帰りなさい。Mさんも気を悪くしないでください」
「いえ、慣れていますから」
Mが応えると、老人と陶芸屋は連れ立って外に出て行った。

「チッ」と舌打ちする陶芸屋の声が、ドア越しに聞こえた。
「何て人かしら」
Mが独り言をいうと、盆をテーブルに置いて向かいの椅子に座った村木がぼそっと言った。
「先輩はMさんを好きになったんだ」
「えっ」
Mはびっくりしたような声を出したが、本当に驚いたわけではない。ついさっき、瞳の底まで踏み込んできた陶芸屋の熱い視線が脳裏に浮かぶ。村木の言葉を裏付ける予感がなかったとはいえなかった。

「陽子さんの時とまったく同じなんですよ。先輩は不器用ですからね。陽子さんは五年ほど前に離婚して、町を出て行った先輩の奥さんなんです。この町の人で同い年。ずっと幼なじみだったけど、先輩はプロポーズするまで辛く当たっていたんです。愛情の裏返しってやつですよ。結婚してからも凄い。陽子さんを素っ裸にして縛り上げ、外にも出さなかったといいます。愛情が激しすぎるんですよ。きっと先輩は、Mさんに会って陽子さんを思い出したに違いないんだ」
村木の話を聞くMの目が怪しく輝き出す。じっと村木の顔を見つめて低い声で応えた。
「そう。村木さんの推測どおりなら、私も陶芸屋に素っ裸にされて縛り上げられるのね」
村木の顔が真っ赤になった。
「うわさですよ、ただのうわさ。別にMさんを驚かすつもりはないですよ。真に受けてしまっては話にもならない」
頬を真っ赤に染めて抗弁する村木がおかしくて、Mは思わず笑ってしまった。
「何がおかしいのですか」
「いえ、思い出し笑い。村木さんってかわいいのね」
村木の頬が一層赤く染まった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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