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2 緑化屋(3)

「出入りの業者なんですか」
心配してヘリから降りて来たパイロットが緑化屋と肩を並べて尋ねた。既にベンツは山陰に入ってしまっている。
「ただのやくざさ」
投げ捨てるように言った緑化屋の口元をパイロットが見つめる。
「やくざなんですか。一人は若い女性のようでしたが」
「利権を見つけて潜り込んでくるウジ虫みたいなやつだよ。男も女も関係ないね。さあ、もう飛ばなきゃあ。ずいぶん手間取ってしまった」
嫌悪感が喉元まで込み上げ、緑化屋は思わず地面に唾を吐いた。
もう十年来していない野蛮な行為をした自分に腹が立った緑化屋は、パイロットを置き去りにして足早にヘリへと歩を進めた。


緑化屋は機上から、鳥の目になって荒廃しきった山塊を見つめている。
水瀬川の源流に近い沢筋は、表土をなくし、黒々と岩肌を露出させた山並みが両側からヘリを押し包んでくる。

「この沢筋の緑地は、まだまだですね。さっき飛んだ元山沢ほどに回復してくれるといいんですがね」
耳にかけたレシーバーを通して、パイロットが話しかけてくる。
「まったくだ。相当頑張らなくちゃな。せっかく盛った表土が雨水で流れてしまうんだ。早く草が根を張ってくれないと植林もできない」
「でも、元山沢は素晴らしくなりましたね。回復した緑を産業廃棄物で埋め尽くす計画があるなんて信じられませんよ」
「そんなこと、させはしない」
語気鋭く言ってしまってから、緑化屋は穏やかに言葉を続けた。

「人の驕りだよな。確かに、産業廃棄物の処理は緊急に手配しなければならない問題だが、よりによって人がさんざん痛め尽くした同じ自然に、また痛みを強いることはないと思うよ。それもせっかく回復しかかってきた山なんだからね」
「まったくです。もうじきダムに着きますから高度を上げますよ」
パイロットの声と同時にエンジンが大きく唸り、機体が上昇した。眼下で曲がりくねっていた水瀬川が視界から消え、傾斜した視界に荒れ果てた岩肌が映った。いつになく乱暴な操縦だと思ったとき、荒れた山塊をバックに黒い物体が近付いて来るのが見えた。
「何だあれは、イヌワシじゃないか。何でこんな所に。何でヘリに向かって来るんだ」
パイロットの驚愕した声がレシーバーの中に満ちた。
その物体は緑化屋にも、確かにイヌワシに見えた。成鳥というより老鳥といった方が良いほど巨大な体格だった。この辺にいるはずもないイヌワシがなぜヘリを襲うのか、まるで理解できなかった。しかしイヌワシは、二メートル以上もある精悍な翼を悠々と羽ばたかせ、一直線にヘリに向かって飛翔して来る。山々に込められた憎悪と悪意を剥き出しにしたような金色の目さえ、はっきりと見えた。

「アッ」と言うパイロットの声とともに機首が下がり、途端に上方でドーンという音がして機体が鋭く振動した。
「エンジン、ストール。失速します」
パイロットの声がやけに間延びして聞こえた。

「どうした、何が起こったんだ」
「イヌワシがジェットエンジンの中に飛び込んだんです」
見る見るうちにヘリの高度が落ちていく。目の下に砂防ダムの堰堤と舗装道路が見えていたが、そこまで持つとは思えなかった。惰性で回るローターに機体を上昇させる力はない。

「何とかダム湖まで持たせます。着水しましょう」
落ち着きを取り戻した声でパイロットが言い切ったとき、横風が機体を襲った。途端に横にかしいだヘリが横滑りして風に流され、パイロット側の山肌へと吸い込まれて行く。
「耐衝撃姿勢」
パイロットの叫びが緑化屋の耳から脳の奥まで響いた。
ゆったりとした速度でヘリは山肌へと吸い込まれていく。ローターが岩盤に当たって砕け散り、機体がねじ曲がっていく様が妙に冷静に体感できた。
目の前まで迫った漆黒の岩肌の中に、イヌワシの憎悪に燃えた両眼が浮かび上がり、瞬く間に人間の目に変わった。忘れもしない、驚愕に満ちた娘の祐子のまなざしだった。
これで死ぬのかと緑化屋は思い、祐子の瞳に遠く思いを馳せた。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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