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1 鉱山の町(3)

「ここが中心なのね」
渓谷沿いのガードレールへ2、3歩近寄ってMがつぶやいた。
「えっ、何の中心だって言うんですか」
Mのすぐ後ろに立った村木が大きな声を出した。
「この精錬所が、この町を作ってきたのでしょう」
「そんなの昔のことですよ。さっき助役さんが言ったとおり、精錬所はずっと前に閉鎖されてしまっているんです。もう精錬所でもない。ただの残骸ですよ。取り壊すお金がもったいないから残っているだけのものです。決して残しているわけではない」
「精錬所のことになると、やけに饒舌になるのね。きっと、今でもここが中心のままだって事じゃないかしら」
「そう思うのはあなたの勝手ですが、あなたにお願いするパンフレットには、精錬所の残骸など載せる必要はありません。町のパンフレットなんですから、町の意向には従ってもらいますよ」
「町を売り出すためには、すべてを知っておきたいだけよ。間違いがあったら困るでしょう」
Mは肩をすくめ、ガードレールから身を乗り出して渓谷の底をのぞき込んだ。

大きな岩の間を清澄な水が勢いよく流れている。耳を澄ますと風の音に混じって、ドウドウという水音も聞こえてくる。
「美しい流れね、怖いくらいに澄み切っている」
「水瀬川の源流ですからね。下流域の多くの人たちを含め、たくさんの命を養っている清流です。ぜひ紹介して欲しい自然の一つですよ」
誇らしく言い切る村木の声を背中に聞き、Mは図書館で読んだ鉱毒にまみれた同じ川のことを思いやった。
この清澄な流水がかつて、洪水の度に多量の鉱毒を流して多くの人を苦しめたのだ。しかし、眼下の水瀬川は鉱毒の記憶などは知らぬ顔で、自信に満ちて流れている。その流れは速く、川岸に立つ醜悪な精錬所の建築物を決して川面に写し出すことはなかった。


「村木、この寒いのに外で油を売っているのか」
二人の背後から遠く声がかかった。良く澄んだバリトンに振り返ると、道路を隔てた山際の山門の前に、ベレー帽を被った老人がたたずんでいる。
「何だ先生か。人聞きの悪い、仕事ですよ、仕事」
おどけた声で老人に答えた村木が、苦笑してMを振り返った。
「実は、あれが僕の住まい。あの人は高校の時の恩師なんです」
「え、住まいって」
Mが目を凝らして古ぼけた寺院を見ると、裏手に意外に新しいモルタルのアパートが見えた。
「僕は、あのアパートに住んでるんですよ。だから毎日精錬所と対面しているわけ。だから今さら、何の興味もない。ただのコンクリートと鉄の残骸としか見えませんね」
Mは一瞬言葉に詰まったが、さり気ない風を装って村木の言葉を肯定した。
「そうでしょうね。毎日見ていれば、ただの日常的な風景ですもの」
「そのとおりですよ。おまけに大家が恩師ときては毎日説教されているようで、精錬所どころではないんですよ」
対岸に張り付いた巨大な精錬所に背を向け、村木は大きな声で老人に話しかける。
「出版社の方が精錬所を見たいと言うのでお連れしたんですよ。これも仕事です。毎日見慣れている風景を見ても、僕はちっとも面白くありませんが、初めての人にはけっこうな迫力のようですよ」
「それが普通なんだよ。お前さんが不勉強なだけだ。あれほど全国を騒がせた鉱毒事件の中心なんだから、見てショックを受けるのが正常なんだよ」
「弱ったな、また説教ですか。帰ってからにしてくださいよ。せっかく出版社の方をお連れしたのに、弱っちゃうな。これだから来たくなかったんですよ」

村木は急にMを振り返って言葉をぶつけた。ここに来たくなかったとは初めて聞く言葉だったし、出版社の社員だと名乗った覚えもなかった。
「私が出版社の方だとは知らなかったわ」
「すみません。嘘をつくつもりはなかったんですけど、恩師に会ってつい動揺してしまったようです」
「今は大家さんなのでしょう。毎日動揺していなければならないわね。本当に精錬所どころではありませんね」
「そんな意地悪はやめてください。あなたのような美人と一緒にいるときに声をかけられたので、慌てたのが本心です。ごめんなさい」
媚びるように村木が言うと、Mは当然だと言いたげに胸を張って答えた。
「別に謝らなくても構いません」
「あなたは本当に自信たっぷりな人ですね」
「能力と自信がなければ、この世界は渡っていけないわ」

きっちりと言い切ったMの言葉で気まずい沈黙が訪れそうになったとき、道の向こうからまた老人が声をかけてきた。
「せっかくここまで来たのだから、ちょっと寄っていきなさい」
「毎日帰って来るのにせっかく来たもないもんだ。きっとMさんに言ってるんですよ。どうします。お茶を飲んでいきますか」
村木がMの顔をのぞき込んで尋ねた。
「あなたの恩師で大家さんのお年寄りに誘われたのだから、お寄りしないわけにはいかないでしょう」
二人は冷たい風が吹き抜ける広い道路を横断して山門をくぐり、老人に導かれるまま寺院の横手へと回った。間近に見る寺院は古ぼけてはいたが、結構立派で大きな寺構えを見せている。やはりこの町のかつての栄華が、寺の構えにまで色濃く反映しているに違いなかった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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