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2 緑化屋(2)

緑化屋は腹の底から込み上げてくる怒りに目を赤くして、車内の人物に目を凝らした。しかし黒いスモークフィルムを張った車窓からは、車内をうかがうことはできない。

ヘリのローターが運ぶ風に煽られるように、ベンツの後部ドアが勢い良く開けられた。
「お前が緑化屋か」
ヘリの爆音にも負けぬ大音声が轟き渡った。
大きく開いたドアから半身を乗り出した男は、さしもの大型車さえ窮屈に見えるほどの巨漢だった。黒のスリーピースにピンクのシャツ、襟元にはシルクニットのブラックタイといういでたちだった。

「町長はもう、意見書を県に提出済みなんだ。変な動きを見せるとただじゃおかないからな」
ドスのきいた声で続けた。
「あなたは何者ですか。無断で事務所の構内に入り込んでは困る。もう少しで轢き殺される所だった」
男の剣幕に畏怖されて緑化屋の怒りは急速に萎み、我ながら弱々しい声になってしまったと思った。
「まだ殺しはしないさ。今日は挨拶に来ただけだからな。俺は産廃屋の竹前という者だ。あっちは秘書役のカンナ」
産廃屋が顎をしゃくるとベンツの運転席が開き、真紅のスーツを着た背の高い女がすっくと立ち上がった。端整な顔立ちだったが、顔にはこれと言った表情はなく、能面のような冷たさが伝わる。両の眉は落としてあった。

産廃屋たちの車を業務関係者と見たのか、パイロットがヘリのエンジンを切った。吹き抜ける風の音だけになった荒んだ広場の端に、白いベンツと黒と赤のスーツが異様な彩りを添えている。
「しらばっくれた顔をされては困るんだよ。俺が来たからには、元山沢の産業廃棄物処理施設建設のことに決まっているだろうが。県知事の認可待ちだっていうのに、国の技官が反対運動をするなんて聞いたことがない。職権を乱用する気なのか、俺に文句が付けたいのか、はっきりさせてもらおうじゃないか」
先ほどよりトーンを落とした声が、静寂の中で風の音を圧した。

緑化屋は、やっと事情が飲み込めた。いわれのないことではなかったのだ。
水瀬川に合流している誉川の川筋一帯は元山沢と呼ばれている。かつて、この町の最初の繁栄を支えた鉱山が元山鉱なのだ。その元山鉱は、誉川の右岸に切り立つ巨大な誉鉾岳の山中の固い岩盤を、鉱脈に沿って縦横に掘り尽くした後、やっと廃鉱となった。もう五十年も前のことだ。今は小学校の分校が往時をしのばせているだけで、鉱山に関する施設はすべて廃墟となっていた。
その元山沢全体を産業廃棄物で埋め立てる計画が進んでいるのだ。そして緑化屋は元山地区に住み、娘の祐子は分校に通っている。産廃処分場の建設に反対するのは、住民として当然だった。

「せっかく緑の還ってきた沢を産業廃棄物で埋め尽くすなんて許せません。私は公務員としてではなく、一緑化技師として反対しているのです。産廃処分場の建設なんて、とても良心が許しません」
毅然として言い切れたことに、緑化屋は満足を感じた。
「まあ、良心も命のあるうちって事を知っておいた方がいい」
ぼそっと言った産廃屋に、秘書役が口を開けた黒いバックを差し出す。無造作に右手をバックに入れた産廃屋が取り出したのは、真っ黒な大型拳銃だった。軍用のベレッタM92Fがまっすぐ、緑化屋の眉間に狙いを付ける。緑化屋の目が恐怖に大きく見開き、背筋が凍り付いた瞬間。下げられた銃口から貧相な音とともに三発の銃弾が発射され、足元で跳ね返った。
あっけにとられた緑化屋の耳に産廃屋の高笑いが聞こえた。
「今日の所は挨拶代わりのモデルガンだ。だが、舐めるんじゃないぞ。いつだって実銃を持って来ることができるんだからな」
捨てぜりふを残した産廃屋が背を向けてベンツへと向かう。さっと短いスカートを翻した秘書役がドアを開けた。
「おとなしくしていれば、二度と会うことはないだろうよ」
後部座席に収まった産廃屋が言葉を投げると同時にドアが閉まり、ベンツは凄い速度でスタートした。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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