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2 オートバイ(2)

オープンにしたMG・Fは歓楽街を迂回し、織姫通りを右折すると、真っ直ぐ北へ上って行った。繁華街を通り越して三つ目の信号を越えると、通りの左手に六階建てのマンションがあった。向かい側は明治期に立てられた巨大な煉瓦蔵だった。造り酒屋が酒蔵にしていた煉瓦造りの蔵が去年改修され、イベントホールとして活用されていた。

MG・Fがマンション一階の駐車場の前に止まった。
路上に降り立った祐子の方を向いて、Mが静かに声を掛ける。
「お休み、祐子。つまらないことを考えずに早く寝なさい」
「お休みなさい。M、また会ってね」
「もちろんよ」
大声で答えてMは車をスタートさせた。バックミラーに映った祐子に、車椅子に乗った男が近付いて来る。Mはアクセルから足を放し、バックミラーをじっと見つめた。
バックミラーの中で、見送る祐子の顔が見る間に当惑する。急に車のスピードが落ちたことを訝しく思ったに違いなかった。祐子を前にすると、決まって保護者振りたくなってしまう。
Mは苦笑して頭を左右に振り、思い切ってアクセルを踏んだ。瞬く間にバックミラーの中の祐子が小さくなって、消えた。


「遅かったね祐子」
Mを見送っていた祐子の背後から、掠れた声が呼び掛けた。
「今晩はバイク。ちょっと寄り道しちゃったのよ。待っていてくれたの」
振り向いた祐子が、マンションの駐車場の影から出て来た車椅子の青年に答えた。
「いや、待っていたわけじゃあない。煙草を買いに出たところさ。今日はもう、散歩は無理だね」
祐子は車椅子に近寄り、しゃがみ込んでバイクの顔を見上げた。立ち上がれば百八十センチメートルほどはありそうな立派な体躯が、窮屈そうに車椅子に収まっている。白い作業ズボンの上にグリーンのトレーナーを着ていた。トレーナーの上の顔が、いらだたしそうに小刻みに左右に震えている。

たまたま行き会わせたという、バイクの言葉は嘘だと直感した。きっと四時頃から、イライラしながら祐子を待っていたに違いなかった。土曜日の夕刻はいつも、バイクの車椅子を押して、一時間ほどの散歩に出掛けるのが習慣になっていた。
「このまま散歩に行ってもいいのよ」
「いいよ。疲れた顔をしているし、制服を着ている。早く高等部に行けよ。俺は私服の祐子が好きなんだ」
「着替えてくるわよ。でも、私の顔付きを気にしたり、高等部への進学を勧めたりするのはよして」
「俺は散歩はいいと言っている。今の祐子より、成長した祐子の素晴らしさを思い描くのは俺の勝手だ」
「私は、今の私を見てもらいたいの」
「いや、人は成長するんだよ。高等部に進学した祐子はもっと素敵になっているよ。成長しないのは俺だけでいいんだ」
「バイクは不当に自分を卑下しているわ。身体に障害があるからといって、心まで傷つけるのは良くないわ」
「聞いた風な説教をするのは十年早い。もっと勉強するんだな」
「私なんて勉強したって、たかが知れているわ。高等部で東大合格間違いなしと言われたバイクとは格が違うわ」

見る見るうちにバイクの口元が歪み、顔全体が震えた。
「誰に聞いた」
憎々しい声で喘ぐように言う。微かに酒の匂いがした。
「また呑んでいるのね。誰だって知っていることよ。でも、あなたを傷つける気で言ったのではないわ。もっとプライドを持ったバイクでいてもらいたいの」
「分かった、興奮するほどのことではないな。俺はプライドを失ったわけじゃない。人一倍プライドが高いから持て余しているだけさ。祐子を待ちくたびれて苛ついただけかもしれない」
やっと正直に言ったバイクの目を覗き込み、祐子は「ごめんなさい」と小さく言った。厳しく見開かれたバイクの目元が緩み、笑みがこぼれた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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