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3 演技者の記憶(2)

ぎこちない仕草でシェーカーを振るが、技術の拙さを美しさがカバーしてしまうところが憎い。若さの持つ特権を見せ付けられる思いだ。五つと年の違わないところが歯がゆかった。思えば、花の盛りは本当に短い。後は責任と人格で勝負するしかないのだ。
黒い革のコースターに置かれたグラスに、チーフがマティニを注ぐ。

「ママとナースは休みなの」
スキンヘッドの大柄なママと、ナースと呼ばれるグラマラスな中年のウエイトレスのことを尋ねた。この店は、三人の女が切り盛りしていたはずだった。しかし、それほど客が入っていたことはないので、チーフ一人でやっていけないこともなさそうだ。
「二人とも上のクラブの用意をしています」
酒にオリーブを添えながらチーフが答えた。
会員制クラブの赤いドアが目に浮かんだ。思わず目の前の鏡を見上げたが、赤いドアは映らないように配置してある。グランドピアノの端だけが、辛うじて目に入った。

突然ピアノの音色が響き渡る。
「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」の流麗なメロディーが、静かな店内に流れた。少しブルーに、気軽に弾き流す、軽いタッチのピアノだった。聴く者を舐めきった、嫌味な演奏だと思った。
せっかくのマティニが不味くなる気がしたが、チーフに苦情を言うほどのことではないと諦め、舌を刺す心地よい酒の刺激をゆっくり味わう。
嫌味なピアノが、思い切りシンコペーションを掛けてエンディングを突っ走った後、静かさが戻った。

「今晩はM、久しぶりだね」
狭いフロアに、若々しい男の声が響いた。Mが見上げた鏡に、ピアノの前まで歩み出た、白のシルクシャツと同色の麻のパンツを穿いた男の姿が映っている。
Mは鏡の中の男を見上げ、右手で軽くグラスを上げてから声を掛けた。
「今晩はピアニスト。ふやけたジャズをありがとう。あなたの後ろで、ショパンが泣いているわ」
「相変わらずだねM。僕はその泣き声を聞かせたかったんだ」
にこやかに笑いながらピアニストが近付いて来る。
そのピアニストとMの間に、自動ドアを開けて車椅子が割り込んで来た。車椅子を押す天田が、大きな声を出した。
「ずいぶん手間取らせたが、やっとバイクを連れて来たよ」
天田の声に頷いたピアニストがMから視線を外し、気取った声で挨拶をする。
「今晩はバイク。今晩は天田。バイクと会うのは五年振りだ。本当に良く来てくれたね。まあ掛けてくれよ」
ピアニストがフロアの赤いテーブルに、バイクと天田を案内する。
「チーフ。悪いけど看板の明かりを消してください。客も来ないようだから貸し切りにしよう。みんなゆっくりしていってくれ」
ピアニストが席に着いた二人に大きな声で言った。

「M、僕たちはこれから同窓会を開くんだ。Mは僕の保護者みたいなものだから、良かったらそこで付き合っていてください。いいでしょう」
「いいわよ。帰っても今夜は予定がないわ。ピアニストの成長振りをじっくり見せてもらおう。チーフ、マティニをもう一つちょうだい」
スツールを回して振り返ったMを見て、びっくりして天田が立ち上がった。
「あれっ。お姉さんじゃないですか。ピアニストと知り合いだったんですか」
「今晩はケースワーカー。私は昔、ピアニストの家にホームステーしたことがあるの。気にしないでいいわ」
今度は、ピアニストが呆気にとられた顔をした。

「なんだ、天田はもうMに目を付けたのか。帰ってきて半年も経たないうちに、忙しいことだ。でも、お前じゃとても太刀打ちできないよ」
「ピアニスト、私を怪物のように言うのはやめなさい。早く同窓会を始めなさいよ。私はゆっくり酒に浸らせてもらうから」
再び前に向き直ったMは、正面の鏡に映る三人の姿を見て、楽しそうにグラスに残ったマティニを口に含んだ。看板灯の明かりを落としたチーフが、二杯目のシェーカーを振る。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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