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2 オートバイ(6)

命門学院高等部では、三年生の夏休みの最後の週末に独特の行事があった。マラソン補習とも耐久セミナーとも呼ばれる、二十四時間に渡る連続補習だった。
大学の受験勉強が追い込みに掛かる二学期を前に、絶対現役合格の強固な意志を、生徒たちに再確認させるための行事だった。

そのマラソン補習が開始されて以来、始めて四人の生徒がさぼった。
バイクと天田、そして歯科医院の長男で音大志望だったピアニスト。この三人の男子生徒に加えて、才媛を誇った映子までがさぼったのだ。もっとも四人にして見れば、さぼったのでなく、ボイコットしたつもりだった。

四人とも、別に落ちこぼれではない。歯科大を狙わず音大を目指すピアニストと、社会を斜めに見る傾向のあった天田には若干の問題はあったが、教師たちから東大合格間違いなしと言われていたバイクと、数学を除けばバイクを上回る成績の映子に何の問題もなかった。

補習ボイコットの話は、最初にバイクが映子に持ち掛けた。バイクは二人だけで別行動を取りたかったのだが、中等部からの同級生の天田と、ピアノ教室が一緒のピアニストを映子が誘ったのだった。
補習の日、四人は市街地の北、渓谷沿いの山地地区にあるピアニストの家に集合した。ピアニストの父が、趣味のアトリエに使っていた蔵屋敷で二十四時間、それぞれが勝手に勉強することにしたのだ。ちょうどピアニストの母は都会に出掛けていて、二日間留守だった。歯科医は子供の行動に一切干渉したことがない。子供たちだけで、蔵屋敷を自由に使えることになった。

歯科医が趣味の紙漉きに使うというアトリエで、各自が勝手に勉強を始めた。しかし、勉強を始めてすぐにピアニストが抜けた。自分の部屋でピアノを弾くことが一番大事な勉強だと言う。開け放した蔵屋敷の窓からピアニストの弾くショパンが終日聞こえることになった。
昼食に映子が中心になって作ったカレーライスを、四人で楽しく食べた頃までが、この奇妙な補習の最盛期だった。

食後の雑談の最中、みんなを笑わせていた天田が鞄から煙草を出して吸い始めたのだ。
「煙草を吸う人は嫌い」
にべもなく映子が言い、全員が凍り付いた。
「お前に好かれるためにここに来たんじゃないぜ。楽しそうだから付き合ってと、誘われたから来たんだ。少しは楽しませてくれないか。煙草を吸うくらいで目くじら立てるな。ストリップでもして見ろよ。お前の貧弱な裸じゃあ誰も喜びはしまいが、刺激がないよりはましさ」
中等部から一緒だったという天田に遠慮はない。映子の顔が真っ赤に染まった。「天田君なんか帰ればいいのよ」
「お前と一緒なら帰ってやってもいいぜ」
古くから織物で栄えた街の男特有の不遜な態度が、天田には染みついていたようだ。天田も映子も、家庭は古くから機業を営んでいた。

険悪な雰囲気に耐えれなくなった繊細なピアニストが、間合いを計って声を出した。
「僕はまたピアノを弾いてくるよ。ヴェーゼンドルファーの音、ここまで聞こえるかな。アップライトだから無理かな」
「良く聞こえるわ」
即座に映子が答えた。天田を意識して張った胸で、薄いブラウス越しに豊かな乳房が揺れた。
「そう、聞こえるの。聴衆がいると思うと張り合いが出るよ。今度はスケルツォの二番に挑戦する」
「素敵ね。私も聴きに行っていい。邪魔しないからいいでしょう」
いち早く立ち上がった映子が、黒い瞳を輝かせてピアニストを誘う。
二人が去った蔵屋敷の窓から、聴くに耐えないスケルツォが残された二人を嘲笑うように流れてきた。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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