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3 演技者の記憶(4)

「そんなに悲しまないで。もう、ずっと昔のことよ」
缶ビールを持ってMの隣に座ったチーフが、鏡に映ったMの顔を見て言った。
「それほど前のこととは思えないわ」
咽せる声で、Mが鏡の中のチーフに応える。
「でも、一年は経った。たまに傷跡が疼くだけよ」
「死にたくなるほどの、辛いことがあったの」
訊いてしまってからMは、間の抜けた問いに歯痒さを感じた。
疲労が溜まりすぎているのだろうかと思った。年を取ったということだろうかとも思う。言葉にデリカシーが無くなっていた。
「それがね。自殺を図ったわけではないの。誘われただけ。誘った方は見事に死んでしまったけど、私には傷跡だけが残った」
無造作に言ったチーフの言葉が、白々とした靄のように鏡面を曇らす。少し目を伏せた美しい顔の下で、喉に刻み込まれた赤黒い筋が揺れた。チーフが笑ったのだ。つられて笑うには、深刻すぎる話だった。
Mは、はっきりした事実を知りたいと思った。

「役者をしていたって言ったわね。新しい芝居の稽古を始めたんじゃないでしょうね」
「Mは意地悪ね。こんな傷跡を見せてまで、芝居をしようとは思わないわ。それに、本当の芝居をしていたのは、ずっと前のことよ。Mは、S・Mって知ってる」
「知っているわ」
「私はS・Mショーで、縛りの役者をしていたの。縛る方ではなくて、大抵縛られる方。素っ裸で縛られて、鞭打たれたり、吊されたりして、恥ずかしさと淫らさに責め苛まれる姿を客に見せるの。結構いいお金になったわ。役者のなれの果てと言ってもいい。相手役に犯される姿態さえ見せたんだもの」
話の先を促さなくとも、チーフは先を続けた。話すことによって、現在を確認しているような、真剣な気迫さえ漂って来る。

「相手役は私より七つ上の男だった。宏志といって、昔、芝居をしていたそうよ。本当のところは分からないけど、出会ったときはもう、S・Mショーの男優だった。背が高く、美形だったけれど、可哀想に、首が少し曲がっているの。追突事故の後遺症なんですって。それで芝居を断念したって言っていたわ。ママと組んでショーをしていたけれど、客に飽きられたので若い子を捜していたらしいの。ちっぽけな劇団で端役をしていた私に目を付けたのよ。ママはマネージャーの素質があったから、ビジネスライクに私を口説いたわ。私が二十歳の時よ、宏志は二十七。ママの年は知らないわ」
缶ビールを一口啜ったチーフが、鏡の中のMの目を捉えた。視線を替えて自身の目を見据えると、また話を続けた。

「それからの五年間は短いようで長かったわ。客が集まればマンションでもクラブでも、一流ホテルの客室にでも出掛けてショーを見せるの。決まって素っ裸に剥かれ、後ろ手に縛られ、鞭打たれ、犯されたわ。役者だから、精一杯恥ずかしがり、喘ぎ、這いずり、泣き啜った。最後は、責め抜かれた身体が淫らに燃え上がり、官能に悶え、絶頂を極める姿を、惨めな舞台で演じきったわ。それでも私は、役者だと思っていたの。でも、宏志は違っていた。出会った頃、快活で明るく、すべてをビジネスと割り切って、仕事を楽しもうとする雰囲気さえあった宏志が変わっていった。あれほど外に出て遊ぶことが好きだったのに、終日部屋に閉じこもるようになってしまった。頻りに小説を書いていたわ。仕事とは関係ない青春小説。笑ってしまうわね。よく雑誌に投稿していたわ。でも、全部ボツ。あのころの宏志が何で焦っていたのか、私にもやっと分かったような気がする。宏志はもう三十歳を過ぎていたのだから。たとえビジネスだといっても、舞台に素っ裸の身体を晒し、無理に勃起させたペニスで私を犯す仕事に、きっと嫌気が差していたのよ。五年間犯され続けても、一回も私の身体の中に射精したことが無かったわ。その宏志が、最後に私の中で射精した。そして終わりだった」
鏡に映る自分自身の目を見つめるチーフに、黒い瞳の中を走るスポットライトの光線が見えた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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