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2 オートバイ(4)

「本当に殺したのかしら」
さっきから気になっていた、バイクが殺したという少女のことを思った。自分に似ているという姿形を想像し、バイクが殺すところを思い描こうとした。しかし、車椅子から降り、自由に動き回るバイクのイメージが一向に浮かばない。

そこまで考えて、にやりと笑ってしまった。
バイクが実際に、同級生の少女を殺すはずがなかった。何かの比喩に違いないと思うと、あれこれ考えたことが馬鹿らしくなる。
急に暑苦しくなって、寝そべったままセーラーのスカーフを外し、スカートを脱いだ。ショーツ姿になると、Mに撫でられた陰部の感触がくすぐったく甦った。今日は色々なことがあったのだ。

立ち上がって勉強机の隣のステレオの所まで行き、スイッチを入れた。ボリュームを上げると、リフレーンにセットしてあるCDが鳴り始めた。
レント・エ・ラルゴのピアノとハープの調べが殷々と胸を打つ。グレツキ作曲の「悲歌のシンフォニー」第二楽章の導入部だった。聴く度に胸が詰まるがつい聴いてしまう。悲しみに満ちた調べだ。
祐子は明かりを消してからセーラー服を脱ぎ捨てた。ブラジャーを外しショーツを脱ぐ。最後に靴下を脱いでから、素っ裸のまま窓辺に立って行ってカーテンを開けた。街の明かりがぼんやりと、裸身を照らし出した。六階のマンションより高い建物は周囲になかった。見られる心配はない。

織姫通りを見下ろすと、また雨が降り始めていた。天田のオートバイが濡れ、行き交う車のライトを浴びて光っていた。煉瓦蔵の黒い瓦屋根の上を雨足が叩き、雨水が流れ下っていた。
裸になってみても、暑苦しさは変わらなかった。身体の深奥から熱が込み上げ、内側から徐々に焼き尽くされそうな気持ちになる。燃え上がる炎は身体の隙間を通って来る。体にも心にも大きな隙間があり、燃え盛る炎が舐め回している。誰か、私の隙間を埋めてください。
祐子の裸身がブルッと震えたとき、スピーカーからドーン・アップショウのソプラノが流れて来た。その悲しい歌声が、死に勝る悲しみを祐子に伝える。ライナーノーツの翻訳が脳裏に浮かんだ。

 お母さま、どうか泣かないでください。
 天のいと清らかな女王さま、
 どうかいつもわたしを助けてくださるよう。
 アヴェ・マリア。

(ナチス・ドイツ秘密警察の本部があったザコパネの「パレス」で、第三独房の第三壁に刻み込まれた祈り。その下に、ヘレナ・ヴァンダ・プワジュシャクヴナの署名があり、一八歳、一九四四年九月二五日より投獄される、と書かれている)

第一ヴァイオリンの老女の死に顔が目に浮かんだ。Mが言うように、自然のうちに迎える死だとしても、私はごめんだと祐子は思う。
たとえ死が燃え尽きることであっても、自然に燃え尽きることの方が不自然なことのように思えてしまう。

独房の壁に詩を刻んだ十八歳の少女は、どのような死を迎えたのだろうか。恐らく、辛く陰惨な死に違いなかった。しかし、その過酷な死の彼方から、こんなにも清冽な感動が運ばれてくるのだ。不思議でならなかった。
裸の股間が疼いた。右手で撫でると一週間剃らなかった陰毛がザラザラとした感触を伝える。もう一週間も経ったのだと祐子は思ってしまう。何ほどのことがなくても時だけが過ぎて行く。やはり、悲しかった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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