2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2.神ながらの道(4)

新春の澄明な大気を斜めに切り裂いた朝日が、巨大なガラスのドームを光の固まりのように七色に輝かせている。オシショウの教えを聞いた直後のMには、まるで邪教の寺院のように見えた。四年振りに見るドーム館は以前と変わっていない。植栽された木々の成長だけが時の流れを感じさせる。車寄せから見える大きなガレージも十数台のスポーツカーの位置が変わっただけで変化がない。車体の後部が潰れ、ナンバー・プレートの取り去られたMのホンダビートが四年前と同じ位置に置き去りにされていた。代わりに使っていたMG・Fがすぐ横に駐車してある。すぐ乗り出せそうな磨き上げられた赤い車体が妙に懐かしい。

Mは寝台車を降りて玄関に歩み寄った。スーツの襟元を直してからインターホンのボタンを押す。三回目のコールで、やっと応答があった。
「どなたですか」
ぶっきらぼうなチハルの声がスピーカーから流れてきた。
「葬儀社の者です。故人をお連れしました」
Mが用件を告げたが、応える言葉に迷ったようにチハルが長い間を取った。午前七時では、まだ早すぎる訪問だったのかも知れない。

「玄関に通してください。今、ドアを開けます」
素っ気ない声と同時に錠の開く音が聞こえた。Mが大きくドアを開くと暗い玄関ホールに煌々と明かりが灯った。ドーム館ではすべてのスイッチがセキュリテーセットで操作できたことを思い出した。きびすを返して寝台車に向かった。先ほどまで助手席にいたオシショウの姿がない。辺りを見回したが姿が見えない。二分ほどの間にどこかへ行ってしまったらしかった。それとも、やはり幻覚だったかとMは思う。だが取り立てた影響はない。Mは仕事を続けるだけだ。観音開きの後部ドアを開いて担送車を地上に引き出す。光男の枕元に回り、玄関に向かってゆっくり押していった。吹き抜けになった玄関ホールの中央に担送車を止めて祐子とチハルを待つ。天井から吊り下がった豪奢なクリスタルのシャンデリア越しに、落ち着いた光が白布に包まれた光男を照らしだしている。いかにも居心地の悪そうな雰囲気だ。だが、死者にとって居心地の良い場所など人の世にはない。二階に通じる広い階段の上でドアの開く音が聞こえ、茶のツイードのスーツを着たチハルが顔を見せた。

「何だMじゃないか。不幸があると決まって顔を見せるね。まるで疫病神だ」
頭の上からチハルのぶっきらぼうな声が落ちてきた。まったくその通りだとMも思う。
「葬儀社のMです。故人をお連れしました」
階段を下りて担送車に近付いて来るチハルに丁重に挨拶した。
「参ったねえ。まさかMが来るとは思わなかった。まあ、ハイエナだかコンドルだかは知らないが、お似合いだとは思うよ」
「故人をどこに安置するか指示してください」
チハルの悪口には取り合わず、事務的に尋ねた。
「へえ、Mは葬儀社の主任なんだ。偉いもんだね。私もコスモス事業団の主任になった」
Mの左胸を見つめながら、問いを無視してチハルが言った。その一言でMの口元に笑みが浮かぶ。水道記念館でMの名を呼んだオシショウの謎が簡単に解けた。病院用の名札を外し忘れていたのだ。余裕を持ってチハルを見つめ返す。

「コスモス事業団は四年前に解散したはずよ。それより、早く安置する場所を教えてください」
「もちろん、コスモスの収益事業部のことさ」
「ゲーム機屋さんのことね」
Mが言い切ると、愉快そうだったチハルの表情が尖った。
「光男はホールの奥にそのまま置いておけばいいわ。どうせ今日中に灰にするんでしょう」
吐き捨てるように平然と言ったチハルの顔をMがにらみ付ける。
「チハルには常識っていうものはないの。それから死者を敬う気持ちも」
今度はチハルが驚いた顔でMを見た。

「縁もゆかりもない死者を引き取るだけでは不十分というのね。どちらかと言えば光男はMと縁が深い。Mが葬式を出せばいいんだ」
チハルの感情的な声が玄関ホールの高い天井に響いた。オシショウが言ったように、不幸せでかわいそうな死者は神々に受け入れられないどころか搬送先のチハルにさえ受け入れられない。しかし、チハルの言動にも一理があると認めないわけにはいかない。確かにチハルよりMの方が光男との縁は深いのだ。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

最新記事
カレンダー
06 | 2011/07 | 08
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
free area
人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR