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3.爆破(4)

「神ながらの道に縁の無かった者に教えを授ける。哀れな死者よ、迷いなく聞け。者は水瀬川の流れるままに上り下り、まさに海へと注ぐ都会にまで彷徨い出て亡骸となった。者よ、決して惜しまれる肉体にも精神にも無縁であった者よ、心して滅びの時を待て。生あるものも神々でさえもいずれは滅びる。しかし、できうるならば、冥界にあっても悔い改めて心身を鍛えよ。神ながらの道を歩む者たちが、やがてこの世を滅びと釣り合うまでの惜しさで満たす。滅びの時は近い。座してエデンの境地を待つ事なかれ。乞い願わくば、者の怒れる魂魄が冥界に満ち、この地上まで溢れ出ることを求める」

語り終わったオシショウは祭壇に供えられた榊の枝を一本取り、後ろに三歩下がった。右手に持った榊を無造作に投げる。音もなく飛んだ榊は祭壇の上に置いた青磁の壺の中に吸い込まれた。参会者が一列になって祭壇の前に並び直した。オシショウが差し出す榊を持って全員が順番に壺に向かって投げた。六本の濃い緑色の榊が弧を描いて宙を飛んだが、青磁の壺に入ったものはなかった。オシショウが投げ入れた榊だけが大きな壺から貧相な葉を広げている。
「やはり命濃い榊は死者に届かなかった。神々のみならず、この場に集った者にまで哀れな死者は拒絶された。滅びの時を冥界で待つがよい」
祭壇に軽く一礼したオシショウが元の位置に戻った。

「オシショウ、それから皆さん、ご苦労様でした。これで終わります」
ピアニストの一言でいっさいが終わった。悲しいほどあっけない葬式だったとMは思う。光男は死んだ後さえも説教をされた。泣きべそをかいている顔が見えるようだ。

「M、明日の火葬には祐子しかいけない。遺灰は大橋の上から水瀬川に撒いてほしい」
ピアニストが冷たい声で命じた。二日経ってもまだMには違和感が拭いきれない。自分でも険しい表情になるのが分かる。厳しい声でピアニストに問い掛けた。
「明日は日曜日よ。祐子一人の骨上げでは余りにも光男がかわいそう。それに、二人だけで川に骨を撒けって言うの」
「今さらMに説教されるゆえんはない。僕たちは皆、生きている人のために忙しい。死者との付き合いがMの仕事だろう」
ピアニストが言い捨ててオシショウと並んでドアに向かう。車椅子を押した天田が二人に続いた。
「祐子、私も天田さんと一緒に街まで行くよ」
黒いスーツを着たまま、チハルまでが去って行った。Mと祐子、黒いチャイナドレスを着た弥生が玄関ホールに取り残された。祐子は泣き出しそうな顔をしている。気まずい雰囲気が流れた。

「弥生さん、なぜ修太は来ないの」
美しい身体の線を誇らしく見せてたたずむ弥生にMが声を掛けた。我ながら未練たらしい問いだと思う。
「弥生と呼んでください。私もMと呼ばせてもらう。修太がMによろしくと言っていました」
「嘘でしょう。修太がそんなことを言うはずがないわ」
「そう嘘よ。でも、修太はMのことを時々口にする。Mに強い劣等感を持っているように見えるわ。ピアニストも同じ。だから私は、ずっとMに会ってみたいと思っていたの」
弥生が胸を張ってMを見つめた。豊かな胸だが決して豊満に見えない。改めて肉体への嫉妬を感じる。拭いがたい感情の嵐がMを混乱させる。これまで感じたこともない思いがこの二日のうちにMを翻弄するのだ。

「今のシュータは目が回るほど忙しい。それしか言えないけれど、来ない修太を信じて欲しいの」
弥生の切れ長な目が一瞬光って言葉を繋いだ。
「広報担当だという弥生がそれしか言えないのでは、信じるとも信じないとも言えないわ。何か不吉な予感がする」
Mの言葉にまた弥生の目が光った。
「Mは予言者の真似をするの」
「いいえ。私はオシショウではないわ」

弥生の口元に笑いが浮かんだ。だが、急に思い付いたように顔を引き締め、声の調子を下げて問い掛ける。
「明日は火葬場に行くのでしょう。正午はどこにいるの」
今度はMが怪訝な表情を浮かべた。
「正午にはもう街に戻っているわ。どうかしたの」
答えを聞いた弥生が黙り込む。何事か思案するように目をつむってからMの目を見つめた。真剣な表情だった。
「いいえ、何でもないの。でも官庁街に行くことはないわね」
「ないわ」
弥生の顔に明るさが戻った。
「私も帰らせてもらう。M、またどこかで会いたいわね」
答えを待たずに弥生がドアに向かった。
「ありがとうございました」
祐子が弥生に頭を下げる。Mも黙って頭を下げた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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