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3.爆破(6)

「どうするの、M」
助手席から震え声で聞く祐子に答えずエンジンをかけた。思い切ってアクセルを踏み込み、黒い寝台車を交差点に乗り入れる。静止する警官の笛を無視して産業道路を突き進んだ。
「市役所へ行くわ」
中央公園へ左折する信号でMがつぶやいた。光男の遺骨を抱いた祐子の身体が小刻みに震える。中央公園の梢越しに見える市役所の屋上からしきりに黒い煙が上がっていた。凄いスピードで市役所の構内に寝台車を乗り入れたが、屋上を見上げている警官たちは静止しようともしない。さり気なく構内の隅に車を止めて消防の指揮車らしい赤いワゴンの後ろに回った。四階建ての市役所の本館を見上げると、屋上のエレベーター室から真っ黒な煙が吹き上げている。長い梯子を延ばした消防車がしきりに放水を続けている。巨大なポンプ車からは二本の太いホースが延び、市役所の玄関の中に消えていた。コンクリートの地表には爆発の衝撃で割れて落ちた窓ガラスが無惨に飛び散っている。今なおガラスが落ちて砕ける甲高い音が耳に響く。周囲を包む無数の騒音の中に、後部ドアを開け放した指揮車から響く無機質な無線の音が混ざった。二人はじっと聞き耳を立てる。

「こちら地階、エレベーター前の爆発地点。火災は鎮火しました。二人の負傷者を確保。市役所の警備員で軽傷です。二人とも自力で出られるのでレスキュー隊は要りません。救急車を玄関に回してください。なお、二つの遺体を発見しました。現場を警察と代わります」
「了解。こちら指揮車、負傷者を確保して速やかに待避。再爆発に備えよ」
聞こえてきた無線の声はMと祐子をぼう然とさせた。修太が関係したかも知れない事故で死傷者が出たのだ。祐子の震えが止まらなくなる。Mは昨日ドーム館で、帰り際に弥生が言った言葉を思い出した。弥生は官庁街には行かないわねと言ったのだ。その官庁街で爆発事故が起きた。震えている祐子の肩を右手で抱えてMは寝台車に戻った。フロントガラス越しに見える騒然とした役所の構内が、まるで映画のシーンのように見える。青い出動服に身を固めた警官が次々に正面玄関に消える。報道陣が指揮者とおぼしい警察官や消防士を追い回す。庁舎を遠巻きにした野次馬が危険を楽しみ、無責任な論評を声高に話している。隣に駐車してあった無人のパトカーの無線が突然興奮した声を発した。

「本部から各移動。シュータからの犯行声明をキャッチ。これは事故ではない。爆弾テロだ。繰り返す、これは事故ではない、爆弾テロだ。警戒を密にして不審者を検問せよ」
声にならぬ悲鳴が祐子の口を突いた。急いでMが寝台車を発進させる。ハンドルを握る手がじっとりと汗ばんでいた。

「M、早くドーム館に帰って。シュータはきっとインターネットで犯行声明をしたのよ」
産業道路に入る信号で祐子が興奮した声で言った。Mは寝台車のタイヤを鳴らして右折し、織姫通りへと急いだ。祐子の抱いた骨壺の中で光男の骨が小さい音を立てた。


「間に合ったわ。まだ警察に回線を突き止められていないみたい。アドレスが昔のままだから、どこかのコンピューターの端末を無断で使っているのよ」
今は亡きコスモス事業団の理事長が愛用していたパソコンのディスプレーに、シュータのホームページが浮かび上がった。ホームページの表紙は赤と黒を斜めに塗り分けた、お馴染みのサロンペインの看板と同じデザインだった。カタカナの文字がシュータに変わっているだけだ。チーフが見たらどんな顔をするだろうかとMは思う。しかしチーフでさえ、この意匠がスペインのアナキストたちの旗だったとは知らない。絶対自由が実現する社会を夢見て戦ったロマンチストたちの旗印を宗教団体が使う。皮肉な話だった。ページを送ると大きく赤い×印を付けられた市役所のカラー写真の下に緑色の文字が並んでいる。大きな文字で実行声明と見出しがあった。


実行声明

本日正午、シュータは市役所のエレベーターを爆破した。
天を突く赤い炎は我々の怒りと認識せよ。
これはシュータの要求を無視し、あまつさえ警察権力で圧力をかけた市当局への警告である。
速やかに資産税の撤廃と義務教育の廃止を迫ったシュータの要求に回答せよ。
この次は警告だけでは済まない。
やがて来る滅びを先んじて受け入れる者を募ることになるだろう。
回答の期限は明後日の正午とする。
シュータを支持する覚醒した市民は次の行動に期待して欲しい。



無惨なメッセージがディスプレーを流れていった。爆発で死傷者が出ないことを信じ切った脳天気な声明が空しい。今日からシュータのメンバーは皆犯罪者だった。警察の目を逃れる術はないだろうとMは思う。オシショウ、ピアニスト、修太、そして弥生の顔が脳裏を流れていった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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