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2.神ながらの道(6)

気を取り直して仕事に戻ろうと思い、目を上げて担送車を見た。大学病院のお仕着せの寝間着を剥がされた遺体が白いマットの上に横たわっている。骨と皮だけに見える貧相な裸身の股間に、アンバランスなほど大きいペニスがあった。

「オシショウご覧なさい。エイズ末期の兆候がすべて現れています。目を背けたくなるほどの悲惨さだ」
ピアニストの低い声が玄関ホールに響いた。
「不幸せでかわいそうな死者だ。この若さで肉体のすべてが蝕まれてしまった。惜しむべき何ほどもない。いっさいが滅ぶまで待ち続けるしかあるまい」
オシショウが答え、ピアニストが無言のまま固くなった遺体をうつ伏せにした。貧相な尻の割れ目に両手を当てて股間を押し開く。
「醜い肛門をご覧なさい。毎日のようにペニスで責められて窪んでしまっている。都会まで逃げ出したあげくの最後は哀れなものです」

「この死者が同性を愛し、どれほどの官能の高まりに打ち震えたか知る術もないが空しいことだ。所詮滅びるまでの儚い夢でしかない。最後のあがきだ。滅びの前には相応のあがきがあることは覚悟しているが、露ほども惜しまれぬ死はこれで最後にしたいものだな」
二人の会話を聞いていたMの裸身が、今度は怒りで赤く染まった。台車に積んだ棺を投げ出して担送車の前に走る。
「死んだ光男を蔑むことは許さない。早く遺体に服を着せなさい」
裸身を震わせて叫ぶMを二人が振り返った。

「無様な格好で興奮するのはやめなさい。僕たちは光男を蔑んではいない。光男の不幸を我が事として認識するために検分している。それが物言えなくなった光男のためだと思わないか」
ピアニストが冷静な声を浴びせた。オシショウが追い打ちを掛ける。
「Mさん。あなたの裸身は美しい。だが、それだけのものだ。ここに横たわる死者とそれほどの相違はない。惜しまれる努力をしない無様な肉体を晒して、本当に恥ずかしくないか。たるんできた肉の重みが羞恥心を呼び起こさないか。人は惜しまれる自信がなければ素っ裸になどなれはしない。そうでなければ死者と同じになってしまう。Mさん、もう一度訊く。すべてをさらけ出した裸身が恥ずかしくはないのか」

Mは答えを躊躇してしまった。恥ずかしくないと断言できる根拠を捜してしまったのだ。根拠などあるはずもなかった。個性に属する肉体を、人は恥じる必要はない。だが、無様な沈黙がMの肯定を告げていた。
「M、光男を棺に収めてくれ。遺体は裸のままでいい。Mと同じ姿を、光男が嫌がる道理はないよ」
ピアニストが事務的に命じ、続いてチハルたちに呼び掛ける。
「これからの予定を言うよ。法律では明日にでも火葬できるんだが、明日は友引で斎場が休みだ。だから火葬は明後日の日曜日になる。午前十時の窯を予約してある。明日はここで簡単な告別式をする。M、いいね、葬儀社の仕事だ。すべてよろしく頼む」
Mは唇を噛んでうなずいた。ピアニストが手伝って裸の遺体を棺に収め、棺ごと担送車に載せた。後は棺の前に祭壇を造るだけだ。剥き出しの遺体がなくなったことで室内に平安が戻った。Mは素っ裸のまま奴隷のように立ち働き、簡素な祭壇を組み立てた。作業中も常に、裸身に集まる視線を妙に意識してしまった。醜い姿を叱責する鞭が、いまにも背後から襲い掛かる気がした。

何の飾りもない白い祭壇の上に担送車に載った棺が重々しく横たわった。一応の格好が付いたところでピアニストとオシショウが帰り、チハルが出勤した。ドーム館の玄関ホールにMと祐子と遺体だけが残った。Mの背筋を冷気が掠める。惨めな気持ちで服を着たが、剥き出しの心が寒さに泣いた。
「私はドライアイスを買ってくるわ。いくら冬でも二日は持たない」
疲れ切った声で祐子に呼び掛けた。
「私も一緒にいくわ。ついでに花も買いましょうよ。何も飾っていない祭壇では光男がかわいそう」
二人は連れだって玄関を出た。Mが寝台車のドアを開けようとすると祐子が押し止めた。
「MG・Fで行きましょうよ。いまも鍵はつけっぱなしなの。Mの車よ」
声を掛けた祐子がガレージに向かって歩いて行く。後ろ姿の先で真っ赤なMG・Fの車体がMを誘った。オープンにして運転席に座ると、祐子がうれしそうに声を上げる。
「やっぱりMにぴったり似合うわ。年に一度は点検整備に出しておいたから安心して運転してね」
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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