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2.神ながらの道(7)

イグニッションに応えて軽快なエンジン音がこだまする。アクセルを踏み込むと鋭い加速感が背に響いた。積もり積もった疲労が嘘のように吹き飛ぶ。現金なものだとMは思う。一気にピアニストの蔵屋敷の近くまで走ってから口を開いた。
「祐子。修太の姿が見えなかったけど、どこかに行っているの」
Mの問いが風に流れた。祐子は答えない。不安な沈黙の後で聞き取れないほどの小声が耳に入る。
「修太は忙しいの。明日の告別式も、シュータを代表して弥生が来るはずよ」
「えっ、修太の代理で誰か来るの」
「違うわ。シュータを代表して弥生が来るの。素敵な女性よ。シュータの人には思えないぐらい」
「祐子、意味が分からないわ。シュータって何よ。修太と何の関係があるの」
「ごめんなさい。Mは知らなかったのね。シュータはオシショウの教えを実行するために修太が作った組織なの。弥生は組織の広報担当。同じ工学部の学生なのよ。一年浪人したから私たちより年は上」

「待って、初めから説明してちょうだい。祐子は工学部にいるのね」
「Mは私たちのことを何も知らないのね。そうよね。私だってMが葬儀社にいるなんて思いもよらなかったんだもの無理はないわ。私も修太も工学部の四年生よ。私はテキスタイルを勉強しているの。Mの知っている理事長の本部があった鋸屋根工場は、織機を入れて私のアトリエに使っているの。もう結構いい織物が作れるのよ。これも私の作品」
祐子は黒いセーターの襟元に巻いたスカーフを取ってMの前に広げた。草木染めで染めた淡い緑の濃淡が規則正しく織りなされた品の良い風合いだった。ハンドルから左手を離して手に持つと、絹と麻の混ざった肌触りがした。しなやかな絹と、ざらついた麻の感触が見事に融合して一枚の布になっている。まるで祐子とMを一枚の布に織り上げたようだった。ピアニストとMと言った方が近いかと思い直し、口元に笑みを浮かべる。今のピアニストは絹より麻が似合いそうだった。

「どう、気に入ってくれた。縦糸に麻を使い横糸に絹を使ってあるの。糸を草木染めで染め上げてから撚りを入れ、それから織り上げたのよ。よかったらMに使って欲しい」
「ありがたくいただくわ。うれしくて涙がでそうよ。祐子がいい仕事ができるようになって私も誇らしい」
Mはスカーフを首に掛けた。祐子の温もりが残る生地が首筋を優しく撫でる。つい目頭が熱くなってしまう。人はそれぞれに成長していき、一人だけ取り残されていくような寂しさを感じた。

「それでね、M。修太は都市工学の勉強を選んだの。ピアニストが面倒を見てきたわ。あれからずっと、修太は蔵屋敷に住んでいたの。二人とも新しい文化を創造したいという共通の目標があったからよ。コスモス事業団の思想を受け継ぐといって得意になっていたわ。ピアニストも子供から抜けきれないところがあるのね」
祐子の的確な批評を聞いて、Mは笑い出してしまった。

「何がそんなにおかしいの。でもピアニストは本気よ。怖いくらい。四年前にオシショウと会ってからは行動的になったわ。もうピアノも弾かない」
今朝嗅いだ詐欺師の匂いがまた鼻先に甦った。その詐欺師が、肉体への羞恥を初めてMにもたらしたのだ。贅肉のついた身体が重く、恥ずかしくてならない。

「あの老人は何者なの。ピアニストはすべてを信じ切っているみたいだったわ」
「ピアニストだけじゃないわ。修太も信じている。私もすべてではないけど信じているの。オシショウの言うことには真理があると思う。生きている者は必ず滅びるし、私は滅びることが惜しいもの。惜しむ気持ちを大切にしたいとも思う。M、私は身体を鍛えているのよ」
「分かっているわ。よく締まった健康的な身体になった。この場で全裸にしたいくらいよ。どうやって鍛えているの」
「チハルと一緒に週三回、スイミング・スクールに通っているの。もう二年になるわ。泳げなかった私が、今はバタフライで三百メートルも泳げる」
Mは目を丸くしてしまった。家に閉じこもっているとばかり思っていた祐子が水泳選手のように見える。いまのMでは二十五メートルを泳ぎ切るのがやっとだろうと思った。
「そう、オシショウの教えは健康的でいいじゃない。ピアニストと修太は布教を手伝っているの」
「始めは顔を出していた程度よ。でも今は違うわ。私がオシショウを信じたのも、自分の肉体が滅びることを惜しもうという一点だけ。だから身体も鍛えるし頭脳もセンスも鍛える。惜しむ気持ちの量が、やがて滅びることと等価になるという話は分かりやすいし魅力的だった。私の回りにいる若くて優秀な人は、ほとんどがオシショウの教えを信じたわ。でも教えはエスカレートしたのよ。個人の話が社会にまで広がっていった。オシショウの教えでは、社会も人が造っているのだから、いずれ滅びるというの。だから社会も滅びることを惜しまれるように、理想的に鍛え上げる努力をすべきだというのよ。そのころからピアニストと修太は積極的になったの。シュータは社会を鍛え上げるために、オシショウがピアニストに命じて作った組織。修太が実質的に取り仕切っているの。よく街で社会変革の宣伝をしていたわ。でも、過激になった行動が市民に疎んじられて、一年前に織姫通りに借りていた事務所から追い出されたの。それからシュータは人目に付かないところに閉じこもってしまった。いまは秘密組織。オシショウも市内を転々としているらしいわ。今朝姿を見せたのも珍しい事よ」
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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