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2.神ながらの道(5)

「祐子を呼んでちょうだい。祐子がきっと、ドーム館を搬送先に指定したはずよ」
できるだけ冷静な声で、赤く上気したチハルの顔を見つめながら頼んだ。
「ここを指定したのはピアニストだ。祐子は下りてこないし、光男にも会わない。同じ屋根の下にいることさえ辛いってさ」
チハルの答えはMの全身を悲しみで満たした。何と甘ったれた子供ばかりなのだろうと思う。悲しみの底から怒りが湧く。全身がわなわなと震えだした。
「幼なじみの死に顔さえ見られないと言うのね。なら、光男と一緒に私が会う」
Mは無造作に光男を覆った白布のファスナーを引き下ろした。明るい玄関ホールの光を浴び、光男の口元でゲランのルージュが真っ赤に燃えている。大きく見開いたチハルの目が遺体に釘付けになる。Mはその場で服を脱ぎ去り全裸になった。豊かな裸身全体が薄くピンク色に上気している。死者に向けられていたチハルの視線がMに戻った。陰惨な表情が一瞬に和むのがMに分かった。

「素っ裸が好きな女だ」
そっと遺体を抱き上げたMにチハルが言った。
「そう、すべてのしがらみを取り去った女が光男に付き添い、祐子に会う」
大声でMが応えた。遺体を抱えた裸身が階段に向かって歩き出す。豊満な乳房の下に抱かれた光男の両足が揺れ、赤く染めた頭髪が生者のようになびいた。目の前で繰り広げられる性と死の乱舞は、チハルの目には滑稽なほどグロテスクに見える。思わず駆け寄って剥き出しの尻を蹴ろうとすると、裸身全体が震え、大きな叫びが玄関ホールに満ちた。

「祐子、私はM。光男に会いたくないのなら、無理にでも私が会わせる」
同時に玄関のドアが開いた。Mの怒声がドアの外まで流れ出る。
「死体と一緒に裸踊りかい。M、相変わらず元気なものだ」
背後から冷ややかな声を浴びせられたMが、遺体を抱いたまま振り返った。大きく開かれたドアを背にしてピアニストとオシショウが並んで立っている。オシショウが後ろ手にドアを閉めた。皮肉な声でMに話し掛ける。
「死体を抱いた裸身を拝めるとは思わなかったよ。実に美しい。Mさんの陰毛は黒々と豊かに天を突いている。もったいないことだ。やはり惜しまれる努力をすべきだ」
続けてピアニストが追い打ちを掛ける。

「M、みんな忙しいんだ。僕もチハルも勤めがある。オシショウから聞いたが、Mは葬儀社の社員なんだろう。裸踊りは結構だから、早く遺体を棺に納めて葬儀の準備をしてくれ」
意地悪な物言いだがピアニストの言うとおりだった。チハルの話を聞いて興奮したMの負けだった。Mは口を固く結んで言われるままに遺体をマットの上に戻した。四年振りに会うピアニストとオシショウの取り合わせが不可解だった。オシショウの教えを彷彿とさせるほど逞しく鍛え上げたピアニストの肉体が、何にも増してMを打ちのめした。流麗にピアノを弾く繊細な青年医師のイメージがすっかりぬぐい去られている。Mは唇を噛みしめ、背筋を正して素っ裸のまま玄関を出た。寝台車の後部ドアから棺を降ろして簡易祭壇を収納したコンテナを引き出す。山地の冷気が素肌を刺した。しかし、これが葬儀社の仕事なのだ。Mは裸で作業を済ますことを自らに課した。光男の遺体の前で私情にまかせて興奮した罰だと思った。用意してきた小さな台車に長い棺をバランスを取って乗せる。左手で棺を支え、右手で台車の取っ手を持ってゆっくりと玄関に向かった。腰を屈め、中腰になって台車を押す。後ろに突き出た尻を冷たい風がなぶっていく。下を向いた乳房が歩みに連れて情けなく揺れた。惨めな姿だった。ドアから玄関ホールに入ると暖かさが全身を覆った。ピアニストとオシショウ、チハルの三人が担送車を囲んでいる。少し離れて祐子の姿があった。祐子が素っ裸のMを見つめる。蒼白な顔が見る間に赤く染まった。黒いセーターにブラックジーンズの見慣れた服装だった。だが、かつて頼りなさそうに見えた長身は、今や見事に鍛え抜いた逞しさを感じさせる。裸のMだけが一人、ドーム館で柔な肉体を晒しているのだ。白い裸身が初めて羞恥に赤く染まった。

「ごめんなさい、M。取り乱していて迷惑を掛けたわ」
側に寄ってきた祐子が小さな声で詫び、Mの作業を手伝う。
「いいえ、取り乱したのは私だったみたい。この格好を見れば分かるでしょう」
返す言葉に困った祐子が下を向き、いっそう頬を赤らめた。
「でも、Mはいつも美しいわ」
祐子の賛辞を聞いた裸身が一段と赤く染まった。胸とウエスト、そして尻の回りの重さが心に痛い。裸でいることの恥ずかしさが今、ヒシヒシとMの全身を覆う。
「私はウエイト・オーバーよ」
頬を赤く染め、明るい声でMが応えた。
「惜しいわ」
何気なく祐子が口にした答えが耳に痛い。豊かに盛り上がった両の乳房の上で乳首がキュッと固くなった。陰毛に覆われた股間で下半身の重みを感じた性器が縮み上がる。すぐにでも裸身を服で覆ってしまいたくなる。皮膚にまといつく室温が暑い。七十五歳のオシショウを別にすれば、四十歳になるMはこの場では十分すぎる高齢者だった。肉体を美しく鍛え上げた若者に囲まれたMが、ただ一人素っ裸で無防備な肉体を晒している。自ら招いたこととはいえ残酷だった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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