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4.虜囚(1)

深夜の道路はおびただしいほどパトカーが目立った。MG・Fは二度も警察の検問に遭った。女性一人の運転にも関わらず、トランクの中まで調べるという徹底した検問振りだ。お陰で水道山の中腹の美術館に着いたときは午前二時近くになっていた。Mはがらんとした駐車場にMG・Fを止め、急いでエンジンを切った。静まり返った空間にエンジン音が響きすぎたのだ。ひょっとすると、水道記念館まで聞こえたかも知れないと思い、不安が掠めた。青く輝くタイメックスの文字盤で長針が十分間を刻むまで、寒さを我慢して運転席で待った。冷気がMを嘲笑う。もしかしたらオシショウが、無人のまま閉鎖された水道記念館に潜んでいるのではないかという、滑稽な予想を笑う。水も漏らさぬ警備とはよく言ったものだとMは思った。一時間足らずの間に二度も検問されたほどだ。オシショウが街を見下ろす山の上で安閑としていられるはずがないと思う。だが水道山は、やはり警備の盲点ではあった。調べてみなくてはここまで来たかいがない。

Mは車を降り、駐車場からアスファルト道路に出て山に上っていく。街灯はカーブの曲がり鼻にしか設置されていない。夜道がこんなに暗く心細いものかと、久しぶりに認識させられる。時たま頭上で冬枯れの梢が風に騒ぐだけで物音もしない。天井に空いた穴のように、無数の星が青白く瞬いていた。水道記念館に続く最後のカーブにたどり着いたとき、前方から低くエンジンの音が聞こえた。慌てて右手の山肌によじ上る。ザラザラとした赤松の巨木の陰に隠れ、じっと路上を見下ろす。ヘッドライトの光が路面を撫で、カーブを曲がり切ったパトカーがゆっくりと姿を現した。屋根で点滅する赤色灯が周囲を赤く照らす。胸の鼓動が急に高まる。パトカーを見送ってしばらく間を置いてから、Mは山道を回って水道記念館の裏手に出ることに決めた。真っ暗闇の山道を星明かりだけを頼りに山の中に踏み込んでいく。

ようやく水道記念館の裏手の崖に出た。闇を透かしてじっと建物を検分する。Mのいる場所はちょうど建物の二階と向かい合っていた。道路はもとより、庭や展望台からも見通せない位置だ。張り出したベランダの手すりが二メートルの隙間を隔てた目と鼻の先にある。手を伸ばして飛び付けば、手すりにぶら下がることもできそうだった。木材で組んだ壁面に小振りな窓が見えた。古めかしい鎧戸が下ろされていたが、細い隙間から微かな灯りが洩れている。確かな光を確認したMの口元に微笑が浮かんだ。やはりネズミは盲点を利用したのだ。Mは両腕をまっすぐ伸ばし、ベランダに向けて身体を倒した。足元で小枝の折れる音が響いたが、両手はしっかり手すりを掴んでいる。足を地面から放して両手で手すりにぶら下がった。腕に力を込め、力いっぱい懸垂しようとするが身体が重い。寒さの中で冷や汗が滲む。ピアニストと修太、弥生とオシショウの顔が闇の中に浮かんでは消えた。
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アカマル

Author:アカマル
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官能のプリマ全10章
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