2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

3.爆破(3)

朝から山地に雪が舞った。静かに舞い落ちる雪は凍えた地面に積もっていく。地表が雪に覆われ深々と底冷えのする午後。静まり返ったドーム館で玄関のチャイムが鳴った。今日初めて鳴らされるチャイムを聞いて、光男の棺の前に飾った簡素な祭壇の横に控えていたMがドアに向かった。告別式は午後一時からの予定だった。広い玄関ホールには死者の他はMしかいない。ドアを開けると車椅子に乗った老婆がいた。今にも椅子の中で消え入ってしまいそうなほど小さく萎びきった身体だ。小さく開いた両目も虚ろで、何の感情もうかがわせはしない。

「光男のお祖母さんを連れてきた。本来なら喪主だからね」
車椅子のハンドルを握った天田が胸を張ってMに告げた。老婆の姿に鉱山の町で知り合った町医者の奥さんの姿が重なる。豊かな白髪を真夏の日射しに銀色に輝かせて、無心にヴィオラを操る端正な姿だ。あれからもう十年が過ぎた。懐かしさが胸に込み上げてくる。もう一度じっと見つめると、町医者の奥さんの姿はすでに消え失せていた。寝たきりで痴呆症の老婆が車椅子にうずくまっているだけだ。Mは深い悲しみをこらえて道を空け、無言のまま二人を祭壇の前に案内した。また玄関のチャイムが鳴り、黒い服に雪を乗せたピアニストとオシショウが入ってきた。そろいの黒服は、いつものウール地を柔道着風に仕立てたものだ。オシショウは赤、ピアニストは緑の帯を締めている。この寒さにも関わらず、二人とも柔道着の下は素肌のままだ。二階でドアの開く音がして、緩やかな階段に黒のシングルスーツをゆったり身に着けたチハルが姿を見せた。上着の前を開き片手をパンツのポケットに入れている。マニッシュなスーツが少年のような体型によく似合った。チハルの後から祐子が階段を下りてくる。黒いタートルネックのセーターにブラックジーンズといったいつもの服装だった。セーターの上から首に巻いた金のネックチェーンがMの目を打った。うつむいた表情が硬い。祐子とチハルが玄関ホールに下り立つ前に、またチャイムが鳴った。ドアを開けると黒いチャイナドレスを着た女性が深々と頭を下げた。Mも頭を下げる。
「修太に命じられて来ました。シュータの広報担当の弥生です」

ちょうど同じ背格好の弥生が頭を上げると同時にMも頭を上げた。
「葬儀社のMです。どうぞお入りください」
丁寧に言って道を空けると弥生の切れ長な目元に笑みが浮かんだ。思わずMも微笑み返す。妹を見付けたような不思議な親しみがわいた。無遠慮に弥生の全身を見直してしまった。美しいと思った。均整のとれた身体の線が誇らしく存在を主張している。懐かしさと嫉妬が喉元まで込み上げ、Mは戸惑う。弥生が祭壇に向かって歩みだし、Mの視線が後ろ姿を追った。鍛錬した肉体にも関わらず美しく揺れる尻が目にまぶしい。反射的につむってしまった両瞼に、今見たばかりのシルエットが甦った。Mの口元が苦笑する。二十年前の自分自身だった。急に全身が熱くなった。頬が赤らむのが分かる。現在の自分はどこへ行ってしまったのだろうと思い、情けなくなる。

「M、これでみんな揃った。始めてくれ」
ドアの前で立ちつくすMにピアニストが声を掛けた。光男の棺の前に関係者が並んでいる。右手に車椅子の祖母と天田、チハルと祐子の順で並び、左手にオシショウ、ピアニスト、弥生の順で並んでいる。Mは足早に祭壇に向かい、弥生の後ろに立った。簡素な祭壇の上には大きな青磁の壺が置いてあるだけだ。横に青々とした榊の枝が積み重ねてある。祭主を司るというオシショウに命じられたとおり用意した祭器はそれだけだった。本当に簡素なものだ。七人しかいない参会者の寂しさにもひけは取らない。

「オシショウを祭主に、光男の告別式を開始します」
司会のMが厳かな声で開式を告げた。オシショウが一歩前に進み、祭壇の前に立って逞しい両腕を組んだ。深く一礼してから腹の底に響く声で語り始める。全員が頭を垂れた。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

最新記事
カレンダー
06 | 2011/07 | 08
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
free area
人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR