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10 修太(3)

渓谷の底が見通せる所まで出ると走るのをやめ、渦巻いて流れる渓流に突き出た岩の上を一つ一つ良く見てMを捜した。
しかし、Mの姿はない。見付けることができないまま通洞坑の入り口まで来てしまった。
どこに行ったのだろうと思いあぐね、坑口が見える岩影にしゃがみ込んだ。
目の前にアーチ状の坑道入り口が見える。錆びた鉄扉が入り口を塞ぎ、潜り戸には錠が下ろされている。

力無くうつむいた視界の端で、何か光ったと思った。顔を上げて通洞坑をじっと見つめる。潜り戸に下りた錠が真新しくなっていた。
潜り戸の前に走り、錠を手に取って見た。ずっしりと重い厳重な錠だが、材質がステンレスだ。以前の、黒く錆びた大型の錠とはまるで違う。

慌てて潜り戸の回りを探る。
地面と接する所に、五センチメートルほどの隙間があった。ちょうどそこだけ固い岩盤が傾斜して窪んでいる。
修太は地面に寝そべって隙間に右目を寄せて坑内をうかがった。闇の中に、戸の隙間からぼんやりと入る光が遠慮がちに場を占めている。よほど闇に目が慣れないと、物の形など見えそうにない。横たわったまま目を瞑り、しばらく待った。
そっと目を開けて見ると、やっと見渡せる視界の果てに反射して光る物が見えた。目を細めて

良く見ると、それはカメラのレンズだった。
Mのカメラに違いないと思った。
しかし錠が下りている。不思議だった。立ち上がって戸の前に屈み込み、戸口に口を寄せてそっとMの名を呼んでみた。数回呼び掛けて大声を出そうとしたとき、なぜか眉なし女の顔が浮かんだ。尻を剥き出しにしたまま後ろ手錠で曳き立てられる、祐子と光男の姿も浮かんできた。
ひょっとしてMが閉じ込められたのかも知れない。修太の空想は悪い方へ、悪い方へと進んでいった。

もういても立ってもいられなくなった。坑内に入って確かめるんだ。
修太はニヤッと笑って立ち上がり、凄い速さでもと来た道を走り始めた。通洞坑のある巨大な崖の裏へ回れば、山肌に空いた抜け穴があることを修太は知っていた。
二十分も走れば、崖の反対に出られるはずだった。わずか百メートルの坑道を、二十分かけて迂回するのだ。急げ。

渓谷沿いの道を二百メートルほど下り、道に突きだした巨大な岩を回り込んで木々の立ち並ぶ鬱蒼とした山林に分け入る。周囲の禿げ山が嘘のように、鬱蒼とした雑木の枝が行く手を塞ぐ。
剥き出しの裸身が枝に打たれ、傷つく。構わずに全身に力を入れ、汗を滴らせて山肌を駆ける。
元山沢はみな、俺の裏庭だと修太は思った。


足が痛み、喉元まで喘ぎが込み上げてきたころ、やっと視界が開けた。目の前に見えるなだらかな稜線の下部に、巨大な岩場があった。
大きく息をついてから、修太は岩場に向けて下って行く。
見上げるほどの一枚岩に被さった小振りの岩の影へと回り込み、開いた割れ目に足から裸身を滑り込ませた。すっと身体が落ち、剥き出しの尻にひんやりとした岩肌が触れる。
足が岩盤を踏んだことを全身で確かめてから、ゆっくりとしゃがみ込んだ。硬い岩盤に囲まれた洞窟の下部に、屈んだ背丈ほどの横穴が空いている。屈んだまま天井の岩に手を当てて横穴の中を数歩歩く。手が冷たい岩を離れると、漆黒の空間が広がっていた。

狭い坑道に出たはずだった。右手を側壁に当てたままゆっくりと歩を進める。ライトを持ってくれば良かったと思うが後の祭りだ。闇が怖い。
数メートル歩けば本坑に出るはずだった。側壁に当てた右手に力を入れる。ゆっくりとした歩みだが、規則的に触れる濡れた坑木の列が確実な距離を教えてくれる。こんな無鉄砲な秘密の坑道探検遊びに精出したのも、三年ほど前までだった。今は、成長したにも関わらず、ただひたすらに闇が怖かった。

踏み出す先に底なしの穴が待っているような気がして、上げた足が地面に着く度にほっと溜息が出る。寒い。
踏み出した足が急に水中に入った。
「ヒィー」と、思わず悲鳴が口を突いた。しかし、水の深さは十五センチメートルほどしかない。

池の中を歩く途中で右手に触れる側壁が直角に曲がり、本坑に出た。百メートルほど先に、ぼんやりとした明かりが見える。
入り口から射す明かりではなく人工の灯りだ。Mに違いない。修太は勝手に確信して涙を流した。
恐ろしい思いをして、ここまで来た甲斐があったと思った。叫びだしたくなるのをこらえ、物音を立てないようにしながらそっと近付く。
ひょっとしたら、眉無し女も一緒かも知れないと思ってしまう。しかし、Mが負けるはずがないと思い直し、踏み出す足に力を込めた。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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